白い肢体がベッドに投げ出されている。 事切れたように眠りにつくカイルの、額に張り付いた前髪をそっとどけてやり、俺は気だるい身体を起こした。おもうさま汗を吸ったシーツが尻の下で不快にたわむ。 俺は痛々しい気持ちで目を眇めた。 結局また、こうなってしまう。 俺はシャワーを浴びて外に出た。もう日は暮れなずんでいて、昼間の暑さが嘘のように山の空気がひやりと袖の端から忍び寄ってくる。 足はぼんやりと、研究所へと向かっていた。少し道をそれて、スターク公園に入る。薄ぐらい木立の中をあてどもなく彷徨いながら、俺はまだ霞がかかっているような頭と、熾火をはらむ身体とをだんだん落ち着かせていった。 小枝と緑の匂いを踏みしめる。切り倒されたばかりの木を見つけて、俺は年輪をなぞった。目を凝らしても十も数えられなかった。つまり十年前はあとかたもなかったということだ。俺はその傍に腰を下して、木々の間から覗く空を仰いだ。 また過去に戻るという選択肢を掌で弄びながら、俺が今まで消してきた未来を思う。思わなければならない。 俺と同じように、無数の人が渇えて手に入れたもの。新しい命。成し遂げられた偉業。果たされた約束。叶った想い。奇跡。 俺が消し去ってしまったすべてのものより、俺のちっぽけな願いが尊いだなんてとても言えない。 もしかして俺たちは、何度やり直したって駄目なのかもしれない。俺は、何度やり直したってあいつを幸せにできないのかもしれない。 ぜんたい、馬鹿げている。笑ってしまうぐらいに愚かだ。 これがどんな傲慢かわからないわけじゃない。罪悪感と無力感に打ちひしがれながら、それでも、俺に引き返す道はなかった。 あいつのためなら、何度だって、俺は。 腕時計を忘れてしまったけれど、頭上にあった月が沈みかけているので、もう真夜中に近いだろう。俺は木立の奥、灯りのともる研究所を目指して歩いた。 「スタン」 扉を開けたメフィスト博士は、俺を認めて瞬いた。挨拶もそこそこに、俺は切り出した。 「タイムマシンを見せてほしいんだ」 博士がタイムマシンを発明する時期にもタイムラグがある。完成したばかりだったり、何年も前に出来ていたり。そもそも何故タイムマシンのことを知っているのかと訝しがられないために、搦め手から行くべきだったと、発言した後に俺は口ごもった。 けれど事情を聞くでもなく、博士は神妙な顔になった。 「……来なさい」 それだけ言うと博士は先立って歩き始めた。その態度を不思議に思いながらも俺は後を続く。 研究室の扉を開くなり、俺は上ずった声に迎えられた。 「スタン!」 駆けよってきたカイルが、ひっしと俺に抱きつく。 「スタン、よかった」 俺の胸に顔をおしつけ、くぐもった声が言う。俺は茫然として聞いた。 「なんで、ここに」 「起きたら君がいなくて、また君が、タイムマシンで消えてしまったかと」 カイルは泣きじゃくるばかりで要領を得ない。俺は大きく上下をする彼の肩にたどたどしく手を添えて、混乱しきった頭でひとりごちた。 「どういうことだ、」 椅子に腰かけた博士が背後で、落ち着いた声で言った。 「説明は私がしよう」 カイルの話をうけて、博士が解説してくれた内容はこうだ。 この世界は、やり直しの世界じゃない。 タイムマシンを使うと、元の世界から使った人間だけが消えてしまう。意識だけが過去の任意の地点に戻って、本人のそれと融合する仕組みになってるらしい。 つまり俺が消し去ったと思っていた未来は、俺という乗客がいなくなっただけでそのまま航行を続けているということだ。 「僕は、君の消えてしまった世界から、君を追いかけてきたんだ。もう何度も。君が時間をさかのぼるたびに」 カイルが鼻を啜りあげる。俺がタイムリープによっていなくなった世界で、博士は仮説を改め、俺の家族に事故として俺の消失を伝えたらしい。 自殺に等しいと博士に止められてもカイルは、俺を追いかけるためその日のうちに装置を使ったのだという。 「だって僕は、スタンがいなけりゃ生きられない。他の誰でもなくて、君が。君がいないと、」 カイルの口元は引きつっていた。笑おうとして失敗したみたいな、おかしな顔をしていた。ふと、強張っていた筋肉が緩んだ。長い睫毛が涙を含んで赤く頬に影を落とす。カイルはゆるゆると首を振った。 「君がやり直したいなら何度だって付き合うから、お願い、」 君のいない世界に、僕を置いていかないで。そう言って声は絶えた。俺は目の前の身体を抱きしめながら、涙が視界を歪めて行くのに任せた。声は胸で詰まってどうしたって出てくれそうになくて、その代り何度も、カイルの髪にすりつけるようにして頷いた。 |