ロッカー前でのスタンとウェンディのタイトルマッチは、わざわざ上級生も見にくるぐらいにいい見世物だった。 僕の名前が引き合いに出されて大声で叫ばれているのにいい気持ちはしなかったけれど、サンドバッグみたいになっていたスタンはそれに見合うだけの報いは受けただろう。 先生がやってくる前にウェンディはさっさと立ち去って、スタンは問い詰められても何でもありませんと繰り返す羽目に陥っていた。このへんのタイミングの弁え方も絶妙だなという感想だ。 僕は授業ごとに青から紫、紫から茶へと変色していくスタンの顔の青痣を眺めながら、ここらが潮時だな、と思った。 僕は最初、スタンに試されているんだと思った。 彼をどこまで受け入れられるか。でも僕には底なんかなくて、僕はスタンのすることならなんだって許してしまうだろうということがわかっただけだった。厭な話だけれど、不治の病気か何かに罹って苦しむ彼に、殺してくれ、と懇願されたら、僕はそのあとの人生を泣いて暮らすとわかったとしても彼を手にかけてしまうのじゃないだろうか。 だからこれは試すとか試されるとか、最早そういう問題じゃない。 彼を、このままずるずると甘やかして、居心地のいい場所を作ってやって。たとえそれが僕にとっても楽だったとしても。 やっぱりそれは間違いなんだ。そして正せるのも僕だけなんだ。 スタンと抱きあううち、僕の中にしっかり芽生えてしまった感情の為にも。 僕は、僕のエゴを彼にちゃんと見せてやらなきゃいけない。 案の定スタンは、その日の放課後僕の家を訪ねてきた。フットボールの練習があるはずだけれど、サボタージュしたのやら、それとも顔を見たコーチに今日は帰っていいと言われたのやら。 ママに肩を抱かれて部屋に入ってきたスタンは、腫れあがった頬に加えて泣きはらした目をしていた。 「一方的に殴られたんですって。こんなになるまで、酷いわ。可哀そうなスタンリー」 ママに頭を撫でられて、スタンは鼻をすすりあげている。 殴られた相手がウェンディだとか、殴られた原因だとかは伝えていないに違いない。スタンのこの辺の要領の良さにはいっそ感心する。 話を聞いて、ちゃんと慰めてあげるのよ、と言い残して、ママは部屋を出て行った。 僕の寝そべるベッドの端に座り込んだスタンは、顔を手で覆って肩を震わせはじめる。聞いているだけでこちらが滅入るような啜り泣き。 僕は緩慢な動作で読んでいたニュートンを閉じ、スタンの横まで這って移動した。 僕がそばに来たタイミングで、スタンは覚束ない発音で話し始めた。 「ウェンディ、すごい怒ってて、もう顔も見たくないって、」 「聞いてたよ」 僕は膝を抱えて、溜息混じりに伝える。 「誤解なのに、話してもくれなくて、」 誤解。どこがどうして誤解なのか、僕は追及もしたくない。控えめに回した手で、背中を撫でてやった。 「どうしよう、俺、ウェンディがいないと」 スタンの不安の根源を、僕は知っている。そして彼にとっての、シンボルとしてのウェンディの重要さも。わかっているからこそ僕は、敢えて何も言わない。 ノックの音がして、ママがミルクとクッキーを持ってきた。僕とアイコンタクトを取ると、トレイを机の上にそっと乗せて、何も言わずに出て行ってくれた。 ドアが閉まる音を聞くなり、スタンは僕に抱きついてきた。僕のうなじにスタンの湿った頬が擦りつけられる。 ウェンディ、と唸りながら、僕の服の裾からスタンの冷たい手が入り込んでくる。僕は哀しくはなかった。自分の喉から出た声は自分でも驚くほど落ち着いていた。 「スタン、聞いて」 スタンの手首をつかんで、引き戻す。 「こういうの、もうやめよう」 スタンの肩が、錆びた機械みたいにぎしりと強張った。 「なんで、」 カイル、なんで。そう繰り返すスタンの嗚咽はもう止まっていた。薄く開いた唇が信じられないといったように震える。 僕に拒まれることなんか想像もしていなかったに違いない。なんて愚かで、なんて愛おしいんだろう。 そう思ったら、僕の頭の中は凪いだ海みたいに静かになった。 |