love/sick/sucks8



 ロッカーでウェンディを見つけた俺は、小走りで近寄った。
「おはよう」
「おはようスタン!」
 振り向いたときはにこやかだった彼女の顔が、俺の姿を見渡して急に強張った。
「どういうことなの」
 みるみる吊り上がっていく目に、俺は後ずさる。
「え」
「説明してもらえる?」
 彼女が指し示しているのは俺の左手だった。身体の前で腕を組む彼女は、最早悪魔も裸足で逃げだしそうな形相だ。俺は戸惑いながらも早口で弁明を始めた。
「フ、フレンドシップリングだよ。カイルとお揃いの」
「フレンドシップリング?」
 彼女の声は三オクターブも高くなった。
「左手の薬指は結婚指輪をはめる場所よ!」
「わ、悪かったよ。気付かなかった」
 俺は慌てて指輪を右手にはめ変えた。ほんとに知らなかったんだ。俺のうろたえた声にかぶせて彼女は怒鳴った。
「そういう問題じゃないわ! 私にはそんなのくれたこともないくせに!」
 俺は目を剥いた。
「ええ? そんなことないだろ? こないだのクリスマスだってネックレスを……」
 ウェンディには幾つもアクセサリーをプレゼントしている。俺自身のセンスは信用ならないからと、いつだって彼女が指定したものをだ。そりゃ値段はこのリングのほうが少し張るかもしれないけども。
 もごもごした言い訳に、ウェンディはいよいよヒスを起して、ノー!と叫んだ。それから人差し指を俺の胸元に突き付ける。
「スタン、私とおそろいのものなんかくれたことあった?」
 今や物見高いクラスメイトがわらわらと集まってきて、俺たちを遠巻きに眺めている。誰だ今口笛吹いた奴。
「前におそろいでしましょうって買ったリングだってスゥォッチだってなかなか着けてくれなかったし、すぐになくしちゃったじゃない」
 俺は何も言い返せずに、喉の奥でひきつった声を出す。
 だって女子とおそろいなんてみっともないしからかわれるのだって厭だったし、それに第一、この指輪みたいに、大した意味なんかないものだったから。
 それらを口に出してしまうほど俺は馬鹿じゃなかった。けれど言葉を失くした俺に、ウェンディの顔は目に見えて真っ赤になって行く。
「それが何なの? カイルとなら嬉々としてお揃いのゲイリングをつけるってわけ? 馬鹿にするにもほどがあるわ!」
 ウェンディは芝居じみた仕草で腕を広げて、射殺せそうな瞳で睨みつけてきた。スタン、と唸るような声が俺を呼ぶ。そしてとどめの台詞が訪れた。
「私とカイルとどっちが大事なの?」
「そりゃ、」
 俺は無意識に自分の口から漏れてしまいそうになった答えを寸でのところで飲み込んだ。けれどそれだけで主旨は伝わってしまったみたいで、ウェンディの顔色がすうっと引いた。長く息を吸うと、ウェンディは拳を振りかぶった。
 受け身を取るよりも一瞬先に衝撃が頬を訪れた。口の中を強かに切って血の味が広がる。体勢を立て直す間もなく二発目が逆から襲う。
「ち、違うんだウェンディ、」
 パンチドランカーよろしく頭の芯が揺れ、視界がぶれる。不明瞭な発音で訴えたのと、正確な踏みこみで彼女渾身のボディブローが決まったのはほぼ同時だった。