ランチタイム、向かいのカイルがブリックパックのミルクに手を伸ばしたのを見咎める。指に光る見慣れないそれに、おいらは思いきり顔をしかめた。 「何だそれ」 カイルは仏頂面のまま手をかざす。 「スタンがくれた。フレンドシップリングだって」 「……ゲイすぎて腰が抜けそうだぜ」 いっそびっくりした声で言えば隣のケニーも大きく頷く。だっせえ。殺人的にだっせえ。正視に堪えない。 「あーもう、うるさいなあ!」 カイルは癇癪を起こしたみたいにぶんぶん手を振って、それから電池が切れたみたいに肩を落とした。肘をついて、億劫そうにフォークを握る。 「スタンはさ、試してるんだよ」 タコスをフォークの先でいじりながら、ずるいんだ、と。生気のない声を出す。 おいらがここ一番の悪口を考えているうちに、ケニーがいつもの味のないパンを食みながらこちらを顎でしゃくった。 「そういえば、カートマンなんで昨日休んでたの」 危うくおいらはダブルデューを喉に詰まらせるところだった。 「そうだよね。病気してるようにも見えないけど」 カイルにも畳みかけられて、背中が形状記憶合金みたいに伸びる。 「にゃっ、にゃっ」 しくじった。思いきりうろたえた声が出てしまった。顔は真っ赤になってしまっているだろう。二人の視線が興味を湛えて輝き始める。おいらは袖で口元を拭うと席を立った。 「はーいはいお疲れ様でしたっ」 食堂から飛び出して、人気のないほうへと向って走る。頭から湯気でも出そうだ。今更食いかけのランチプレートをそのまま残してきたことに気づいた。ああ勿体ない。 カイルのスタンとの話は聞いていて胸糞が悪くなるものだったけれど。 でも知らず知らずのうちに自分とあいつを重ねようとしている自分がいて辟易する。 おいらはカイルと違う。 好きって言われただけ。キスされただけ。キスだってすぐに突き飛ばしたから掠っただけ。 あんなのなんでもない。なんだってふざけてペニスを口に入れたことだってあるんだからな。ああ。何でそんなこと思い出しちゃったんだ今のタイミングで。アホか。 ぜんたいフィジカルな接触なんて身も蓋もないものなんだ。粘膜の摩擦。現象としてはそれだけ。 おいらの周りにはそのへんのネジが綺麗に飛んでいる奴らが多かった。 お互いに気持ちいいコミュニケーションなのよ、とママは言った。気持ちや明文化されないルールが絡むと手に負えなくなるんだ、とケニーは言った。 無駄に神聖化された感情で正当化したセックスなんてゲイだ。肉欲は簡単に人間を欺く。錯覚を真実のなんたらに置き換える脳の働きが世界の憎しみの六割までを形作ってきたといっても過言ではない。 「エリック」 図書室に続く渡り廊下にさしかかったところで、自分を呼ぶ声に捕まってしまった。だから朝からずっと、貧乏人とユダヤをボディガード代わりにして傍にひっついていたのに。おいらは顔を覆いたくなった。 「エリック」 おいらをこう呼ぶやつなんかママを除けばこの世に一人しかいない。 耳元で銅鑼を鳴らしているみたいに心臓の音がうるさい。振り向くこともできないでいると、ゆっくりした足音がおいらを回り込んだ。 「あのね、俺、ふざけてるんじゃないんだ、ほんとに」 クラスで一番先に変声を終えて、背も伸びたバターズはまるで知らないやつみたいで、でも澄んだペイルブルーの瞳だけは少しも変わっていない。 「エリック?」 怖い。自分が感じているのが恐怖だということすら、心に波をたてた。 |