スタンが好き勝手に腰を動かしている間、僕は口に押し付けられたスタンの手に噛みついているほかなかった。痛さよりも息苦しさと、それから無造作に握られたペニスからほんの少しの快感を拾い上げて、僕は自分の感覚と思考とをうまく結び付けられず、ひたすら揺さぶられ続けた。 繋がったところが痺れ切ったころ、僕の身体にすっかり入り込んだスタンがひときわ膨らんで、奥の方で熱いものが溢れるのを感じた。僕は耐えきれずに背中を震わせた。少し遅れて、自分もスタンの掌に射精してしまったのだとわかった。 ほどなく、がくん、と力の抜けた体重が僕に伸しかかってきた。スタンの身体はTシャツ越しにも汗みずくで、僕の上に倒れ込んでいる。 やっと口を押さえていた手が外れて、僕は思いきり深呼吸をした。酸素が足りなかったのか、目の前がちかちかする。死んだらどうしてくれるんだよ、まったく。 「……スタン、」 ぜいぜい言う息の下から、掠れ切った声で彼を呼ぶ。何から毒づいてやろうか。そう思ったところで、スタンが腕立て伏せの要領でがばと上体を離した。離れた肌で汗がひんやりとする。 焦点がぶれぶれだったスタンの目がやっと僕に照準を合わせたかと思うと、何か恐ろしいものを見た時のように瞠られた。 「うわああああ!」 部屋中に響き渡る悲鳴を上げて、スタンはジーンズに足を取られながら走りだした。ドアを開けたところで一回前のめりに転んで、まるでホラー映画の逃げ惑う主人公みたいな仕草でおたおたと立ち上がり、足を引きずって行く。 階段を駆け降りる音、それから玄関のドアが乱暴に閉まる。階下から、ママの、どうしたの?というヒステリックな声が聞こえる。 僕は事態にすっかり置いていかれたまま、上体をのろのろ起こした。身体の下に敷かれて汗でじっとりしたバスタオルで腹と内股の精液を拭う。取り急ぎ腰に巻いたころ、部屋にママが顔を出した。 「あらカイル!早く服を着なさいよ、風邪をひいちゃうわ」 ママは開口一番そう言うと、肩をしゃくって腕を組んだ。 「スタンはどうしちゃったの?」 僕は、さあ、と生返事をしながらベッドから立ち上がった。下半身に残るだるさと疼痛を振り切るように、クローゼットまでをさっさと歩く。 「喧嘩なの?ちゃんと仲直りするのよ」 シャツを頭から被りながら、ママと目は合さずに、わかったよ、と僕は唸った。 夕飯はとてもじゃないけど食べる気になれなかった。食欲がないと言ったら濡れ鼠で帰ってきたから風邪をひいたのだとママは騒いで、全くおいしくないオートミールを食べさせられた。確かに微熱もあった。 僕は部屋で一人、ベッドに寝転ぶ。 寝ころんでいたらお尻がむずむずしてきた。入口は摩擦で少し切れてしまっているらしくひりひりと痛む。僕はすごく惨めな気持ちでそこに軟膏を塗って、それからうつ伏せに転がった。枕に顔を、空気が抜けきるまで押しつける。 一体全体、スタンはどうしちゃったっていうんだ? 第一に、これはレイプだ。僕の合意がない以上そうだ。 訴えたら勝てるぞ。こうして傷もついてるんだから診断書を取れば。そこまで考えて、あまりに現実味がないと思った。 そしてレイプという単語から、いつだかのインディアナジョーンズのことを思い出して、まだ僕の中に残っていた恐怖が頭をもたげる。僕は思わず自分の肩を抱いた。 あれとは違う。全然違った。だってスタンは僕の友達だし、スタンは僕のことを大事に思ってる。人間性を踏みにじり尊厳を根こそぎ奪い去るような理不尽なあの暴力と、今さっき僕らがしたことは全く類の違うものだった。 僕は肘を使って少し身体を起こし、腹の下に枕を抱きこむ。 確かにスタンは僕にセックスを強いたけれど、彼の瞳は捨てられた子犬みたいに飢えて哀しくて、だから僕は、スタンを蹴り飛ばしてでもどうにかしようとは思わなかった。暴力に晒されたときに湧きおこる本能的な恐怖もなかった。 そこまで頭を巡らせて、僕は、あれだけのことをされてもスタンのことを嫌いになっていない自分に気がついた。 考えてみたら最近、スタンは様子がおかしかったかもしれない。みんなで遊んでいても一人黙りこんだり、妙に目をそらしたり。 何かですごく悩んでいて、ただ単に僕に助けを求めていて、それがああいうおかしな形で噴出したのだろうか。 それとも僕のことが恋愛的な意味で好きだとか?まさか。彼にはウェンディがいる。 家族を人質に取られてゲイセックスをすることを強要されたとか。宇宙人にアブダクトされて彼らに操られているとか。この町では何が起こったって驚かない。どんどん想像を飛躍させるうちに、僕はゆっくり意識を失っていった。 バス停に着いたのは僕が一番乗りだった。iポッドのイヤホンを鞄から引っ張り出そうか迷っていると、スタンがこちらに歩いてくるのが見えた。 「オハヨ」 これ忘れてったでしょ、と彼のバックパックを突きだす。 「あ、あ、」 スタンはねじの切れかけた人形みたいに口を開けて、ありがとう、とザックを受け取った。スタンは僕と目があっているのかいないのか、焦点があやふやな締まりのない表情をしている。 僕が口を開く前に、ケニーの聞き取りづらい挨拶が聞こえてきて、間もなく姿を現したカートマンのくだらない『ニュース』に僕とスタンの会話の機会は取り上げられてしまった。 バスの中でも、授業中でもスタンはずっと、夢の中にいるようにぼうっとしていた。先生に当てられてもてんで反応が鈍くて、精彩がなくて、魂でも抜けてしまったかのようだ。僕は宇宙人に操られている説を今一度疑った。 昼休み、ランチを終えて食堂を出るに至って、僕は痺れを切らした。 ふらふらとした足取りのスタンに回り込んで、足を大きく開いて通せんぼする。きっかり3インチ低い僕は少し見上げる形で彼を睨んだ。 「何か僕に話があるんじゃない?」 スタンは暫しの沈黙の後、マリオネットじみた動きで大きく頷いた。 スタンは僕の手を取り、ずんずん進んでいく。 連れ込まれたのは校舎の外れの、あまり使われていない男子トイレだった。使われていない分綺麗だから僕がよく足を伸ばして利用するところだ。 トイレの中には誰もいなかった。スタンは一番奥の個室の前まで来ると僕に向き直って、僕の後ろのタイルに右手を突いた。僕はちょうどスタンと壁に挟まれたような形になる。 スタンの左手には包帯が巻かれていた。僕は今更、昨日自分が噛みついたところだということに思い至って顔を赤らめた。 僕が言葉を探している間に、スタンの顔が寄ってきて、とろんとした目のまま唇を重ねた。僕は反射的に目をつぶる。親友とのキスなんて僕は昨日まで想像したことだってなかった。今日、昨日よりは冷静な頭で考えるけれど、奇妙な気はしたけれど嫌悪感はなかった。 僕は手をどこに置けばいいかわからなくて、自分のワークパンツのポケットの辺りで握りしめる。キスはランチのストロベリーヨーグルトの味が微かにして、僕のプディングのそれと舌の奥で混ざった。変な味。 どれぐらい経っただろう。スタンは僕の唇を舐めながらそっと離した。それから僕をぎゅうと抱きしめると、うなじのあたりに顔を擦りつけた。ペットの犬かなにかみたい。あんまり動くものだからニット帽がずれてしまっていた。 「朝からずっとこうしたかった」 スタンの言葉は真に迫っていて熱っぽかった。脳内で宇宙人説と人質説にバツ印をつけて、うろたえながらも僕は聞いた。控えめに、おそるおそる。 「スタン、僕のこと好きなの?」 スタンは電流でも流されたように身体を離し、DUDE!と叫んだ。 「男同士で好きとかゲイだろ!」 顔を真っ赤にして、首を激しく何度も振る。弾みで帽子が落ちてしまったけれど、拾い上げるそぶりもない。 「俺、ゲイじゃないし」 僕はその過剰なまでの拒絶反応に面くらって瞬いた。 「でも、僕にキスしたいんだろ」 スタンは息を荒げたまま頷いた。 「したい。セックスもしたい。いくらだって」 僕は混乱した頭で、それでもスタンの言い分に筋道をつけようと試みる。 「……ウェンディじゃだめなの?」 僕の言葉に、スタンは喚いた。 「駄目!カイルじゃなきゃ駄目」 駄々をこねてるみたいに聞こえた。僕はますます眉をひそめる。 「僕のこと好きじゃないのに?」 「わかんない」 歯を食いしばる、きり、という音。スタンは叱られた子供みたいな顔をしていた。額にへばりつく前髪も相俟っていつもの彼より幼く見えて、僕は言葉を探して唇を舐めた。 その沈黙をどう思ったのか、僕の手を引いて個室に引っ張りながら、もういいだろ、とスタンは言った。何がいいんだか僕にはさっぱりわからない。いいことなんかひとつもない。 「したいんだ、なあ、カイル見てるとこんななっちゃうんだよ」 抱き寄せられたら身体が密着して、腿のあたりに押し付けられた固い感触にぎくりとする。 頼むよ、とスタンは言った。スタンの目は潤んでいて、僕の思考を竦ませる。 トイレのすぐ外のスピーカーがジジ、と震え始め、始業を告げるチャイムがハウリングを起こして聞こえる。僕はごくりと喉を鳴らした。 |