white liars 3


「化学のゴードン、まじでウザいんだけど」
プレハブの壁によりかかったカートマンが煙を鼻から出しながら言った。
「あのオールドミス?」
「やたら呼び出してくるし。授業中にも妙に絡んでくるし」
食堂のバックヤードとクラブハウスの間にあるこのスペースは昼休みの喧騒とも遠く、夏場は少し生ごみの臭いがするのを我慢すれば隠れてヤニをふかすにはもってこいの場所だ。
低いフェンスに浅く腰かけた俺はカイルの細い身体を膝の間に挟み、ウエストにまわした腕を彼の前で交差させている。顎はカイルの肩で休ませる。
俺はいつだってカイルの身体に触れることをためらわない。
べたべたしすぎだとからかわれても、カートマンにいくらファグだと言われようとも、素知らぬふりをして押し通している。
それはスーパーベストフレンドの特権だったし、『スタンとカイル』だからと、クラスメイトには生暖かく放置されていて、俺はその認識を気に入っていた。
「カートマンに気があるんじゃないの」
「やめろよユダヤ!冗談じゃねえ」
顔を真っ赤にしたカートマンに、カイルは面白そうに笑った。
俺はみんなの話なんか半分も聞いていない。
カイルの匂いを間近で嗅いで、カイルの長く赤い睫毛が前髪の向こうで瞬くのを見て、今すぐこいつの服を全部剥いで声が出なくなるまで犯してやりたいという衝動と闘うのにだって、俺は慣れたものだった。

クレイグが吸い終わった煙草を足もとに落とし、踵で消す。俺はカイルの身体を捉えていた腕を片方外した。ジーンズのポケットでソフトケースを弄びながら、懲りずに視界の端でカイルを盗み見る。色素の薄い肌。すぐピンクになる頬。大きな緑の瞳に、少し上向いた鼻、かわいらしい唇。左が少しだけ長い犬歯。白いエナメル質。どこもかしこもくすぐったくて、カイルは天使みたいだ。何時間見たって飽きない。
ライターを探ろうと腰を少し引いたら、鼻先がカイルのうなじに掠ってしまった。息がかかったのか、彼の背筋が伸びて俺の胸にぶつかった。
俺の身体を少し押して、トイレ、と言ったカイルの頬は少し赤らんで見えた。

校舎のほうへと小走りで向かうカイルの後姿をぼんやり見送っていると、クライドが灰皿代わりにしていた缶を爪先でいじりながら言った。
「そういや今日、あの子来ないな」
「誰?」
と聞いたのはトークンだ。
「ほら、スタンの今の彼女だよ、名前なんだっけ」
話を振られて、俺は肩をしゃくった。
「さあ」
「さあって、ひでえ」
クライドとクレイグが笑い始める。俺は一緒になって笑った。
だって本当にぼんやりとしか覚えていない。俺の手を取って自信ありげに鼻の穴を広げる表情は、どの女だってそう変わりはしないんだ。

アルコールやパーティ、アダルトビデオ。他愛ない会話が続く。十五分ぐらい経っただろうか。俺は宙を睨んで言った。
「カイル、遅いな」
「そうか?」
「腹でも壊してんじゃね」
暢気なコメントに、俺は務めて苛立ちを表に出さないように輪を離れた。
「俺、ちょっと見てくるわ」
「また、スタンは過保護なんだから」
「大の方だったら可哀想じゃない?」
けたけたと笑うケニーに振り返って、うるせえ、と顔をしかめて見せた。

たぶんここだろう。当たりをつけて通用口脇のトイレに入ると、一番奥の個室が塞がっていた。
ふ、と小さく息を吐いたのが聞こえて、俺はぎくりとした。
「カイル?」
がさがさとペーパーの音がして、暫しの沈黙の後、微かな返事が聞こえた。
「スタン?」
俺は慌てて言い訳をした。
「あ、ご、ごめんな。遅かったから、心配して」
「大丈夫。すぐ行くから」
俺はものすごくばつの悪い気持ちで、WCと書かれたドアを背中で閉めた。自分の顔が赤らんでいるのがわかる。小さく俺を呼んだあいつの声は妙に艶めいて聞こえて、いつまでも耳に残った。


ロッカーで俺を待ち伏せていたのは、珍しく午後まで姿を見せなかった『彼女』だった。彼女は俺のロッカーをふさいだまま、低い声で言った。
「聞いて、スタンリー。大事な話なの」
俺はスタンリーと呼ばれるのが好きじゃない。ダーリンだのハニーだの、下らない渾名をつけて、それで自分が特別な存在だというアピールをしようと躍起になる。何故女はみんな『一歩踏み込もう』としてくるのか。しかもこちらを苛立たせるやり方で。
「大事な話」が本当に大事だった試しなんかないのだけれど。俺は返事もせずに、引っ張られるままに彼女についていった。

廊下の突き当りで俺の背中をガラス窓に押しつけて、彼女はこちらを睨むように見上げてきた。太い眉毛が吊り上がる。
「あの、カイルって人、」
俺は彼女の口から出てきた名前に反応して初めて返事をした。
「カイルがどうかしたのか」
「彼、私に、」
彼女はそこで勢いを失い、唇を結んで俯いた。茶色い前髪がばさりとかぶさる。天井のスピーカーから、始業十分前を告げるベルが鳴った。
「話さないなら行くぜ」
少し苛立った声を出した俺に、彼女は吐き出すように言った。
「彼、言ったの。彼があなたのボーイフレンドだって。あなたがバイで、私と二股をかけてるって」
俺は俄かに自分の耳が信じられなかった。
「なんだって?」
「貴方とセックスしたって、どんなふうにしたかまで、こまかく、下品に、えげつなく……」
彼女の頬は今や赤を通り越して黒ずんでいた。言葉を失った俺の胸倉をつかみ、ぐらぐらと揺らす。
「嘘よね?彼の頭がおかしいのよね?そんな嘘をでっちあげて私たちの仲を裂こうなんて、酷い、最低だわ」
「おい」
俺は金切り声をあげている彼女の肩を掴んだ。彼女のチャコールの瞳が目交いでわななく。何度もセックスをしたはずだけれど、チャコールの色をしているということだって俺はいま初めて知った。
「詳しく話してくれ」


彼女の話のなかのカイルは、俺の知っているカイルと同一人物とは到底思えなかった。だってカイルはフェミニストで、常識があって、礼儀を弁えていて、公正で、セックスのことには人一倍晩生で。
うわごとみたいに、信じられない、と繰り返す俺に、彼女はむきになったように、それじゃあ見せてあげるわよ、と噛みついた。
「もう一度話が聞きたいって呼びだしてやるわ。貴方は隠れてそれを聞くの。いいわね?」