white liars 2


「その日は、彼女との約束とかないの?」
「ないよ」
ハンドルを握る彼の横顔が、多分、と呟いたので僕は少し眉を寄せた。
「ちゃんと確認しなよ」
スタンは僕の座る助手席のシートに手を回して、車をバックさせることにすっかり集中してしまっている。
「大丈夫だって」
神経質なほどぴたりと駐車スペースの真ん中に止めると、スタンはエンジンを切って笑った。
「カイルは心配性だな」
「だって、」
彼の前で僕は、友達思いの親友を演じている。
彼の幸せを心から願っていて、寂しいという感情を表すことすら躊躇しているように。
「僕は友達が少ないから、君ばっかりを誘ってしまってごめんね」
君を縛ったり、足手まといになるようなことはしたくないんだ。そう殊勝に言い添えると、彼は僕の髪を上からぽんと叩いた。
「ばかだな、カイルは」
今はもう僕よりも大分背が高くなったスタンの、大きな手。彼は運転席から僕を覗き込んで言った。
「俺だって、お前と一緒にいたいから一緒にいるんだ」
彼の、まるで邪気のない笑顔は小学生のころと何も変わっていなくて、僕の胸にほんの少しばかり残った罪悪感がちりと痛む。
僕は彼に続いてシートベルトを外して、座席から降りた。スタンに手渡された自分の書類ケースを抱えて、並んで校舎までを歩く。スタンは僕といるとき、コンパスの差に合わせて少しゆっくり歩いてくれる。彼は他の女の子にはついぞこんなことをしない。気恥ずかしさと、それに勝る優越感が僕をじんわりと包む。
「今日も家、来るだろ」
「うん」
「練習終わったら迎えに行くから、図書室にいろよ」
ありがとう、とはにかむと、スタンは満足そうに眼を眇めた。


スタンの女性関係は来るもの拒まずでまるで節操がない。言い寄られた端からつるむし、別れ際に引きとめもしない。

だから別に放っておいたって、スタンと彼女らの関係はあまり長続きするものじゃない。スタンにはデリカシーというものがないし、平気で男友達を優先する(もちろん効果的なタイミングで、僕は彼を誘っている。そしてたいていの場合彼は彼女たちよりも僕の些細な用事に時間を割いてくれる)。ここまで来るとスタンに、女の子はハイメンテナンスな生き物だという認識がちゃんとあるのかすら怪しい。

それを知っているから、最初は傍観している。二週間持ったらいいほう。半月を過ぎたあたりで僕はアップを始めて、十分に下準備をしたところで腰を上げる。

スタンはまず、僕と彼女たちを引き合せたりしない。その頃までには彼から毎日のように僕の話を聞かされている彼女たちは僕に多かれ少なかれ興味を抱いているから、誘いを断ることはまずない。

そうして二人きりになったところで、僕は彼女に、彼と付き合い続けることに関するリスクを提示する。雑談に混ぜて注意深く、わざとらしくならないように、それでも強烈に頭に残るように。
彼のどうしようもない父親の話を事細かにしてみせたり、スタンの恥ずかしい性癖を暴露したり、それぞれの個性に合わせて彼女たちが一番不信や不快や不利益を感じそうなエピソードを印象付ける。
彼とずっと一緒にいる僕にとって話のネタには困らないし、ボロが出ない程度にそれらしく捏造してみせることだって朝飯前だ。
それに加えて、「スタンは君のことを愛していない」という事実を混ぜ込んで話せば、絶対に思い当たる節がある彼女たちは早晩スタンを手放す。
女は感情の生き物なんていうけれどそれは真っ赤な嘘だと僕は思う。彼女たちは生まれついて皆とても計算高くて、ただその計算を感情というオブラートで覆うのが上手いだけだ。余りに上手いから自分でも自分に騙されて疑わないのだ。長年観察を続けて、僕はそう結論付けた。

少し手こずるのが頭が空っぽでもともとプライドのないビッチ相手の場合で、そういう場合は奥の手を使って別の男をあてがうことにしている。一緒に遊んで楽しいオルタナティブが見つかれば、彼女たちはもはやスタンに固執しない。

そうして僕はもう数えきれないほど、『スタンの彼女』をパージしてきた。
でも彼女たちはみんな自業自得なんだ。だって、『他の人間で代わりが効く』程度にしか、彼のことを愛していないんだろう?

いつか、どんなに僕が妨害をしても彼と別れようとしない女が現れたら、僕はどうするつもりだろう。
僕は彼らの愛を『祝福』をするだろうか?まさか。
そうなったとき僕がどういう行動に出てしまうか、あんまり想像したくはない。
僕から彼を永遠に取りあげてしまう人間が現れたとき、僕は正気でいられる自信がない。終りはすぐには訪れない。じわじわと真綿で首を絞められて、きっと僕はどこかで限界を迎える。その時スタンは、僕をちゃんと憎んでくれるだろうか?



僕は泥沼に続く自分の考えを振り払うために頭を振った。少なくとも今まだそれは杞憂だ。今日呼びだした彼女はいかにも操縦しやすそうなタイプなのだから。
町はずれのこのコーヒーショップには、うちの高校の生徒はめったに訪れない。ココアを彼女に、ラテを僕の前に置いたウェイトレスが去ると、彼女はおどおどと言った。
「お話って、」
彼女は今や僕の胸のあたりに視線を逃している。
顔立ちは悪くないけれど、どうにも地味でうぶそうな子だった。化粧も上手くない。濃いブラウンのロングヘアの毛先は少し痛んでいる。フロントにフリルがあしらわれたブラウスとチェックのタイトスカート。ハートの型抜きをした鞄の持ち手部分を、所在無げにいじっている。 
図書室の貸出履歴も調べたけれど少女趣味な本ばかりが並んでいた。空想好きで口下手で、付き合うのはもちろんスタンが初めて。思いこみの強そうなタイプで、込み入ったことを相談できる類の友達も少ない。今日僕が何を話したところで彼女が周りに言いふらすリスク、そして周りがそれを信じるリスクは限りなく低かった。
僕はそれを十分リサーチした上で、今日は新しい作戦に出ることにした。

「スタンがバイなの、知ってるかな?」
彼女が小さく息を呑んだのが聞こえた。猫背がぎしりと伸びる。
「君がガールフレンドで、僕がボーイフレンド」
僕は気安い素振りで、彼女と僕を交互に指さした。
「スタンが全然紹介してくれないからさ。一度会ってみたくって」
務めて明るい声音で、いたずらっぽく笑ってみせる。
「ねえ、君とはどんなセックスするの。興味あるな」
彼女はもう声も出せない。面白いぐらい顔が強張ったのが見て取れた。
「君にはしつこくオーラルしてくれる?スタン舐めるの大好きだよね、犬みたいにさ」
それから僕は、一昨日彼のボックス車の後部座席でセックスしたことをにこやかに語った。彼がどんなふうに僕の服を脱がせるか、愛撫するか、どんなふうに僕を責め立てるか。
「家まで待ってって言うのに、彼、僕の匂いを嗅ぐとどこだって興奮してきちゃうんだって」
僕の妄想は作り込みすぎて、まるで本当に体験したことみたいに事細かに描写できる。僕はくすりと笑った。
「君とのセックスは退屈だって、スタンぼやいてたよ。君も努力しなくちゃね」

彼女の真っ青な唇、それを噛みしめる白い歯を見ても、僕はちっとも可哀想だなんて思わなかった。

三週間もの間スタンと腕を組んで、スタンのガールフレンドだと浮かれただけの代償としては生易しすぎるぐらいじゃないかな。