「あいつにアタックする前に俺に相談してきたのは賢かったと思うな」 向かいの席に座った栗毛の彼女ははにかんで笑った。嫌味のない、チャーミングな笑い方だった。 「あなた、彼とすごく仲がいいって聞いたから」 ルックスは七十点ってところだけれど、感じのいい受け答えと利発そうな雰囲気はそれを十分補っていた。コーヒーを啜る仕草も品がいい。化粧も薄く、健康的で、スタイルもなかなか。普通の男なら十分に、連れて歩きたいと思うレベルの女の子だろう。 「協力してもらえたら嬉しいなって思ったの」 彼女の声は弾んだ。後で高くくくったポニーテールが揺れる。 でも、と前置きをして、俺は歯切れ悪く言った。 「残念ながらカイルは、君の考えてるようなやつじゃないんだ」 「どういうこと?」 彼女は少し不審げに眉を寄せ、声をひそめた。 「彼は、女の子に興味がない」 「それは」 彼女は喉を鳴らした。 「彼、ゲイってこと?」 俺は肩をしゃくった。 「そういうわけでもない。アセクシュアルってわかるかな」 彼女は目を見開いた。俺は中指でとんとんと天板を叩く。 「カイルには性的対象ってものがないんだ。君にも、このテーブルにも、同じだけの興味しか持てないってこと。そのことについて随分彼も悩んで。俺はずっとその相談に乗ってたんだ」 彼女は何がしかを言おうと何度か口を開いて、また閉じて、唇を噛んだ。視線をすっかり自分のコーヒーカップに落として、早口で呟く。 「そ、それでも。私、彼にセックスだけを求めてるわけじゃないわ」 俺は小さく息を吐いた。 「それは考えが甘いと思うな。君がいくらセクシーな水着を着たって、彼にとっちゃ布がそのへんの木にぶらさがってるのと違わないんだ。そんなふうな態度を取られても平気?手を握ったってキスをしたって、カイルはまるで君にドキドキしてくれないんだよ」 彼女の表情が凍っていくのがわかった。血色のよかった頬がだんだんと白くなっていく。 「女として見られないっていうことはそう生半可なことじゃないよ。無理して関係を続けるうちに、君のプライドはズタズタになってしまう」 彼女の眉は痛々しく寄った。テーブルの上の手は握り締められて震えている。俺はとびきり申し訳なさそうな声を出した。 「俺は傍で、彼に傷つく女の子を何人も見てきたんだ。だから、君には二の轍を踏んでほしくなくて」 がたん、と彼女の椅子が鳴った。床の辺りを泳ぐ目線は俺に掠りもしない。 その、あの。ハンドバッグを掴みながら彼女は言った。 「教えてくれてありがとう、」 彼女はまだ殆ど残っているコーヒーを残して、そそくさと店を出て行った。 彼女が視界から完全に消えてしまうと、俺はシートに背中をべたりと押しつけて、口の端だけで笑った。羽のない虫を潰すぐらいに簡単だ。 カイルに気のある女が出てくるたび、彼女たちがなにがしかのアクションを起こす前に俺から接触を図る。 俺とおんなじ目でカイルを見ている奴を探せばいいだけの話で、常に彼の交友関係に目を光らせている俺にとってそれは全く難しいことじゃなかった。 アセクシュアル云々というのは、もちろんでっちあげだ。でもなかなかに説得力がある話じゃないかと思う。 実際に、十五になった今もカイルは俺とつるんでばかりで女子に興味を持つ素振りもない。付き合いで行くパーティでも居心地悪そうにしているし、仲間内で回ってくるアダルトのDVDにも興味を示さない。 翻って、俺は彼女を切らしたことがない。フットボールのチームでそこそこ目立つポジションにいる俺にとって、言い寄ってくる女ならそこらじゅうにいた。 俺だって、自分のセクシャリティに自覚がないわけじゃない。俺はカイル以外でマスターベーションをするのに困難をきたしたし、思春期を迎えて以降、彼以外の誰かの機嫌や態度に一喜一憂するようなことはついぞ起こらなかった。 それでも幸いにして俺は他の女ともセックスすることができた。後ろを向かせて目をきつく瞑っていれば、そして務めて声を聞かないようにすれば、ヴァギナをカイルのアヌスだと思いこむことだってできる。 俺がそうまでして自分のセクシャリティをカムフラージュすることに決めたのは、なにもゲイとして生きることに関するあらゆる煩雑さから逃れるためだけじゃない。 俺は何より、カイルを失うことを畏れていた。俺の気持ちに彼が応えてくれる保証はない。俺が気持ちを伝えることで関係が気まずくなってしまったり、疎遠になってしまうことを考えると、リスクは大きすぎた。そんなことは想像したくもない。 腹のうちを明かさない限り俺たちはあと七十年親友でいられる。性欲なんてあと四十年やそこらで潰えてしまうもののために、俺は俺たちの一緒に過ごせる時間を減らしてしまいたくなかった。 俺はさんざんに悩んで、そうしてある結論に思い至った。 ストレートな友達として振舞いながら、カイルに、俺以外の人間を近づけなければいい。そうすればカイルは一番の親友である俺に依存して、俺の傍を離れようと思うこともないだろう。 それは俺の人生にとって最大であり最重要のミッションで、 そして今のところパーフェクトに機能している。 |