white liars 4


彼女とカイルの、斜め後ろの席に座って、俺はもう半時間ばかりも聞き耳を立てている。ざわついた店内でもカイルの低めた声は 聞き間違えようもなく俺の耳にしっかり届いている。
店のガラス窓に映る彼は、観葉植物の陰になって口元しか伺えない。俺の目はくぎ付けになったようにそこから動かず、カイルの口の紡ぐ言葉をぼうっと追いかけていた。

「彼のセックスはいつも性急だけど、二回目になると意地悪になるんだよ」
カイルの唇が、俺が見たこともないぐらいにいやらしく歪む。不快じゃない。それはひどく性的で、脳を直接揺さぶられているような気持ちになった。
ごくり、と喉が鳴る。もう何度唾液を飲み下したか知れない。口の中はすっかり乾いてからからだ。

「僕は出した後も暫く入れていてほしいのに、すぐ抜いてしまって、彼の精液がたっぷり残ってるそこを指でぐずぐずにかきまわすんだ。イったばかりでまだ敏感になっているから、たまらなくって。お願いしても、ちゃんと言ってごらん、っていやらしく笑う。だから僕は、自分で腰を掲げて、発情期の動物みたいに揺らしてさ、」

ああ、畜生。そうだ。俺の妄想の中のあいつもそうやって俺を誘うんだ。
ぶつん、と俺の中の何かが切れた。

俺の腰は誰かに操られたみたいに持ちあがり、ふわふわした足取りでカイルの座っているテーブルまでを歩いた。カイルの目が信じられないものを見たときのように瞠られた。
「カイル」
喉から漏れた声はどうしようもなく割れていた。
「……スタン」
カイルは口にだして俺を認めて、幽霊のような声を出した。顔色が真っ白になる。
「ほら、見て! 言ったでしょう」
勝ち誇ったような彼女の声は、俺の耳に正しく届いてはいなかった。俺はカイルの腕を掴むと腰を抱いて立ちあがらせ、その上手く閉じられていない唇を奪った。
抱きこんだ身体は瞬間強張り、そのあとゆるゆると脱力していく。
俺のシャツの肩をつかんだ指先は震えていた。俺の口の中で、ふ、と呻くと、カイルは口蓋をゆっくり開いた。俺は彼の唾液を夢中で啜った。カイルの舌はそれまで味わってきたなによりも柔らかくて熱くて甘くて、身体中の血が逆流して爆発してしまいそうだと思った。


そうしてどれぐらい、俺たちはお互いの口腔をむさぼっていただろう。
彼女が何やら喚く声も、カフェの客からの不躾な眼差しも、全てが後からやってきた。
とうとう酸素が足りなくなって、名残惜しく唇を離す。飲みこみ切れなかった唾液が彼の唇を逃げた。俺たちはまだ夢を見ているような視線を交わしあう。
「スタン、」
カイルは俺の頬で囁いた。
「店、出よう」



今思えば、駐車場の一番目立たないところに止めていたのは僥倖だった。
もつれ合うようにして車まで来ると鍵を開け、後部座席のドアを開いてカイルを押しこんだ。
勢いよく覆いかぶさると、キスの続きを始める。ついさっきまで味わっていたのにもう足りない。かちりと歯が掠る音に煽られて、俺は手探りでカイルの服を脱がせた。シャツのボタンがいくらかいかれてしまったと思うけれどそんなことには構っていられない。
だって俺はこれをいくら待ち望んだか知れない。カイルは鼻にかかった声を漏らして、俺の余裕のない仕草にさえ興奮しているようだった。
俺は育ち切ったジーンズの前をカイルの腰に押し付け、セックスの動きを模して揺らしながら荒っぽいキスを続ける。このまま下着の中で出してしまいそうだった。早く繋がりたい。はやる気持ちのまま俺はカイルのジーンズのボタンを外した。ジッパーをおろして、下着のウエストバンドごと掴んで引きずりおろす。カイルは腰を持ち上げて足を揺り動かしたので、俺は狭い車内でもすっかり彼の下半身を曝すことができた。

薄暗い視界に白い腿が浮かび上がって、俺の鼓動はひときわ早くなる。
立ちあがりきったペニスを握りこむと、ひきつった声とともにカイルが痙攣した。掌に温かいぬめりが噴き出す。
「あ、うぅ、」
こんなに早くいってしまうなんて、自分でも信じられなかったようだ。カイルは羞恥に口元を両手で覆い、俺に縋るようなまなざしを向けている。俺はカイルの薄い下生えをそっとなぞりながら彼を見た。べたついた感触を帯びたまま睾丸と、その先の窄まりに指を伸ばす。指先をくわえこませたところでカイルが身を捩った。
「スタン、ちょ、待って」
「厭だ」
「違う、そうじゃない」
カイルは肘を使って上体を起こすと、さきほど足もとに放った自分のジーンズをたぐった。もどかしげにポケットを探り、なにがしかを俺に手渡す。
「んだ、これ」
「……、ローション、」
カイルは言い淀み、唇を噛みながらか細い声を出した。
「どうしてこんなもの」
俺の訝しげな声に、カイルはぶんぶんとかぶりを振った。
「ちが、自分で、」
「自分で?」
俺は今日のトイレのことを思い出してはっとした。
「もしかして、昼間」
カイルはこれ以上ないぐらいに目元を真っ赤にして再び顔を覆った。俺は彼の手を引きはがしてこめかみに唇を寄せた。
「学校でしてたのか?」
彼の顎が僅かに頷いたとたん、電流に似た何かが背中を駆けあがってくる。これ以上興奮したらどうにかなってしまうんじゃないかと思うのに。
自分の呼吸がうるさい。俺は低く聞いた。
「自分で指入れるのか」
カイルは口ごもりながらも、朦朧とした様子で頷いた。
「スタンのだと、思って、」
俺は寸でのところでいってしまいそうになるのを堪えた。ジーンズに圧迫されて痛い。
休み時間に、こんなものを使って。俺のことを思って、アヌスに指を入れて。俺にファックされているところを想像しながら。カイルは。並べ立てたら頭が焼き切れそうになる。
「悪い子だ」
ばちん、と音を立てて尻たぶを叩けば、カイルの腰がびくりと跳ねた。こいつは罵られて興奮している。
俺は掌にローションを広げて、カイルのそこに改めて指を這わせた。アヌスは俺の指を抵抗なく迎え、歓迎の音を立てる。
「ん、んんっ」
「カイルがこんなにやらしかっただなんて」
自分の声は夢遊病の人間みたいに上ずっていた。中指と人差し指で広げてやれば空気を含んでびちゃびちゃと鳴る。
顔を耳まで真っ赤にして、細い顎を浮かせて、あくあくと息を吸う。天使みたいなカイル。想像の中でもう何度めちゃめちゃにしたかわからない。夢みたいにふわふわしているのに、感覚はどこもかしこも研ぎ澄まされて、背中を伝う汗の一粒までクリアに感じられる。
「ごめんな、さ、ぁっ」
カイルは涙声で言った。俺は自分の中のどうしようもない猛りに急かされて、もうはちきれそうになっている自分のペニスを下着から取り出した。
「ほら、」
見せつけるようにペニスをアヌスに擦りつける。粘膜が触れあって、入口でぐちりと酷い音が立つ。
「ねだれよ、」
何を要求されているかやっと理解したらしい。カイルはのろのろと両手を下ろし、指でそこを広げた。薄くくすんだ粘膜の色から、ちらと内部の鮮やかなサーモンピンクが覗く。
「っ、こに、スタンの、入れて」
喘ぐように、お願い、と唇が動いたのと、俺が腰を突き入れたのは同時だった。勢いを借りて、これ以上ないぐらいに奥まで。
「ひあ、ぁああ、」
カイルは悲鳴に近い声を上げた。泣きじゃくって真っ赤になった頬はいっそ痛々しいぐらいだ。
馴染むのも待たずに、際まで引き抜いては突き入れる。目の前を小さな星が飛ぶ。快楽にせっつかれるように俺は腰を動かした。カイルの足首を掴んで、角度を変えては突き上げる。
「ひぐゥ、う、ウ」
触ってもいないカイルのペニスが、俺の腹にもう一度精を噴き上げる。もう片方の手で慰めてやろうとしたけれど、滑って弾むそれはなかなか掴むことができなかった。やっとのことで萎えたそれを捉えると、掌の中でまたすぐに力を持ち始める。
「ーっ、アぁあ」
車内はサウナみたいに暑い。肉のぶつかり合う音と、ぐずぐずの粘膜同士が擦れるあられもない音。こんなに乱暴にしたらカイルが壊れてしまうんじゃないかと、頭の、今はもう上手く機能しないところで思う。
覗き込んだマラカイトの瞳がどんどん焦点を失って、声がひしゃげていくのに、身の内の嗜虐心が怪物みたいに育っていくのを感じる。
「どこが気持ちいいんだ?なあ」
かわいらしい顔じゅうを涙と唾液と鼻水とでべたべたにして、カイルは舌っ足らずに訴えた。
「う、お、奥うッ、」
俺はカイルを力任せに責め立てながら、彼の巻き毛をかき上げた。身をかがめて、露出した額にキスをくまなく落としていく。
「アあ、ア、うう、ぁん」
人形みたいに揺さぶられながらも、カイルは微かに俺の名前を呼んでいるようだった。俺はいつまでもそれを聞いていたくて、でもすぐに声も出なくしてやりたくて、腰の底から上ってくる波にいよいよ身をゆだねた。



汗みずくの身体は、ぴったりとひとつになっている。億劫な気持で少しだけ視線を巡らすと、車の窓は真っ白になっていて、俺は笑ってしまった。

「カイル」
俺の腕の下、腫れぼったい瞼をした彼を呼ぶと、長い、涙を含んで重たそうな睫毛が戦慄いた。
「愛してる、」
僕も、と応えた、カイルの声は掠れて、それでもいとおしそうに目元を綻ばせた。俺はもうずっと、彼がこんな目で俺を見ていたことを思い出した。俺たちはまるで同じようなことを考えていたのだ。それでいてお互いを怖れて遠回りをしていた。

カイルが少しだけ上体を浮かせたので、俺は腕を回して彼をしっかりと抱きしめた。汗が胸の間できちりと鳴って、その温かさにため息が出る。

そうだ。こんなに簡単なことだったのに、どこであんなにねじれてしまったんだろう。
でも俺は、俺たちのしてきたことが愚かだなんて思わない。
どんなに誰かを傷つけたとしても、どんなに何かを損なったとしても、
俺たちはそれに値するだけのものを手に入れたのだ。

俺はカイルの尻に手を這わせて、俺をくわえこんでいるところをゆっくりとなぞる。
「まだいけるだろ、」
返事の代わりに、彼の内部がひくついた。自分のペニスがまた力を持ち始めるのを、誇らしくさえ感じる。
「お前のしてた妄想、みんな言えよ」
みんなしてやるから。
カイルが息を乱してまっ白い喉を曝す。ふ、ふ、というけものじみた喘ぎ。今やまるごと俺のものになったそれが、腕の中でぶるりとわなないた。

end.
130622