クラブを借り切ったパーティは大規模なもので、見たことのない顔も多かった。サウスパークじゃちょっとお目にかかれないような垢抜けた美人もいて、本来なら腕が鳴るはずのところ、今日はどうも調子が乗らない。 俺は代わる代わる近づいてくる知り合いとその知り合いに作り笑いを作るのに限界を感じて、ダンスフロアからそっと抜けた。 バーカウンターで強めのカクテルを作ってもらって、傍の止まり木に肘を突く。 「よう」 肩を叩かれ振り向けば、見慣れたオレンジのフードがいた。 「ようケニー」 生返事をしてグラスを煽る。よく混ざっていないリキュールが喉を焼いた。不意にもごもご言うフードの下からカイルの名前を聞いて、俺はぎくりとした。 「カイルがなんだって?」 ケニーは自分の首をちょいちょい指さす。 「ここにキスマークつけてた。あのお堅い優等生がさ」 あいつも隅に置けないよな、と笑われて、俺はどんな顔をすればいいかわからなかった。 向かいのテーブルから、ヘイケニー、とブルネットの女が近付いてくる。露出度の高い、Eカップはありそうな、いかにもケニーの好みのタイプだ。 彼女の連れに愁派を送られて、惰性で腰に腕を回しながら、俺は上の空だった。むせ返るような香水の匂いを疎ましくさえ思った。あいつもこんな風に女に触るんだろうか。 カイルが女を抱いているところを想像しようとしたら、自分の顔が石みたいにこわばっていくのがわかった。 カイルはこのところ俺の呼び出しに素直に応じるけれど、その代り不機嫌さを隠そうともしない。 カイルはスラックスを脱いで、俺のデスクチェアの背もたれめがけて放った。 「するなら早くしようよ」 蓮っ葉な口調でビッチを気取ったって、どうしたって彼の仕草はヴァージンライクだ。俺はカイルがもたもたとシャツのボタンを外すのを待つ。 タンクトップとボクサーだけになったところで痺れが切れて、俺はむきだしになったカイルの腕を掴んだ。ベッドに引っ張り上げて、自分の腕の中に抱きこむ。 カイルは俺から顔を反らして、宙を睨んでいる。俺は眼下に晒された首筋をまじまじと眺めた。赤い斑点がまばらにいくつも散っている。 みんな俺がつけたものじゃないかと思うけれど、どこにいくつ付けたなんて覚えているわけもない。 赤い髪の生え際から丹念に観察していたら、カイルは俺の胸板を押しのけ、訝しげに言った。 「なんなんだよ、」 「なあ、」 俺は喉を鳴らした。胸をずっと塞いでいるもやもやをどうにかしてしまいたかった。 「お前、俺以外のやつとセックスした?」 「はぁ?」 カイルの顔は見る見る赤くなった。 「んなわけ、」 食いしばった歯が軋む音が聞こえる。 「たとえそうだとしても、お前には関係ないだろ!」 そのせりふは俺の耳を強く打った。 そうだ。誰と誰が寝ようが、俺には関係ない。独占欲や執着はみっともなくて、センシティブなところには踏み込まずにお互い立場はわきまえる。 そういうふうに遊んできた。それがクールだと思っていた。 固まっている俺を残してカイルはベッドから下りた。服を拾い集めて、さっさと着込んでいく。 「お、おい、カイル」 「知らない、もう、お前なんか」 そう捨て台詞を残して。カイルはシャツのボタンも留めずに、前を合わせただけで俺の部屋から出て行った。 俺は気づいた。もうしばらく、カイルは俺のことをスタンと呼んでいない。 ウェンディのベッドは久しぶりだった。射精のあとの心地いい疲れが俺を包んでいたけれど、充足感には程遠かった。何にもすっきりしない。 嗅ぎ慣れたラベンダーのフレグランスは俺を眠りに誘う。俺は重い瞼をどうにか半分持ち上げる。 ブラとショーツだけ着けたウェンディは俺の頭越しに手を伸ばし、サイドボードからミネラルウォーターのボトルを取り上げた。 「ねえスタン、」 彼女の声はピロートークのときの甘いものじゃなく、ディベートのときの、結論が決まっていることを話す口調だったので、俺の背筋は自然と伸びた。 彼女はボトルから水を一口煽ると唇を拭いて、俺の顔を覗き込む。 「貴方はいいパートナーだったわ。見せびらかすのに最適。プレイボーイ、プレイガールって呼ばれるのに最適。でもね」 俺の前髪をすいていた彼女の細い指がそっと離れる。 「セックスのときに他人の名前を呼ぶのはルール違反よ」 遅れて意味を理解して、俺はがばと起きあがった。 「覚えてないの?」 ウェンディは驚いたように俺を見た。それからくすくす笑った。 これはある意味、私のプライドの問題なのだけど。そう前置きして続けた。 「だから終わりよ。ね」 「ちょっと待ってくれ、」 慌てて喉を鳴らすとウェンディは、いい?と念を押すように言った。 「スタン、あなたにはもうコートに立つ資格がないの」 「資格、って」 「誰かと楽しむ際に、お互いにフェアーでいるためのね」 ともかく、おめでとう、と彼女は目を眇めた。 「貴方は私と同類だと思ってたんだけど、違ったみたいね。そんなにピュアだったの、知らなかった」 彼女は笑っていた。声音には嫌味のかけらもなかった。 「そんな顔しないの。私たち、いい友達でいられるわ」 彼女はベッドから立ち上がる前に俺の鼻先に音を立ててキスをした。 「なんで、」 ウェンディ、なんで。 俺はそうとしか繰り返せなくて、すっかりうろたえている自分の声を持て余した。 家に帰った俺はシャワーを浴びた。 水滴に背中を叩かれ、俺は排水溝を睨みながら自分の裸の胸に手を当てた。 長年の相棒であり、パートナーであり、共犯者であったウェンディを失って、俺の胸に空いた空洞は確かにあって、 けれど俺を襲っていたのは悲しみじゃなかった。 俺の頭の中で、こんがらがっていた糸が一本一本解れて、解れて行くに従って俺は酷く怖ろしい気持ちになった。 シャワーのコックを締め、はやる気持ちでジーンズに足を通す。俺は転がるように階段を下りた。 もう取り返しなんてつかないかもしれない。よく知った道を全速力で走った。足を前に出していないと今にも萎えてしまいそうだった。ろくに拭いていない髪がまだ冷たい四月の風に晒されて、剥きだしの耳がぴりぴりと痺れた。 |