隣のシートに座る近藤さんの気配だけが、ハンドルを握る手を現実に繋いでいる。 「……だからピンクダイヤはどうかって。な、トシどう思う?」 いきなり話を振られて、 「何が、」 思わず口をついて出てしまった、近藤さんはきょとんとした顔になって、それから見る見る眉をハの字にした。 「なんだよォ。ちゃんと聞いてくれよォ。あートシやっかんでるんでしょ! が美人で羨ましいから」 おれは返事もせずに一瞥だけくれた。このひとはさきほどからずっと、どうやらあの女の話をしていたらしい。 おれは意識をフロントガラスのほうへと戻す。 何を守ろうとしていたのだっけ、おれは。自分のプライドか。近藤さんの体面か、幸せか。いままでの関係か、距離か。はたまた真選組か。今となっては全て実感が湧かない、霞んで見える。 このまま車をどこかにぶつければ心中になれるだろうか、 彼の話に気のない相槌を打ちながら、おれはそんなことばかりを考えていた。 屯所の塀が見えたところで、近藤さんが大声を上げた。 「あ、 だ!トシ、止めて止めて」 云われて緩慢にブレーキを踏む。路肩に付ければ近藤さんは勢いよくドアを開け、女の名前を呼びながら飛び出していった。 回り込まれた女は足を止める。腕に抱えた荷物を近藤さんが受け取り、談笑するのをバックミラーで見た。 エンジンを切るとおれも車を降りる。幸か不幸か風が強く会話はほとんど聞こえない。車体に寄りかかりながらぼんやりと、近藤さんの顔だけを眺めていた。あんたは誰に対してもそんなふうに無防備に笑うんだ。酷い話。 瞬間、近藤さんの顔つきが変わった。胸元を探って携帯電話を出し、あわてた仕草で開いた。しばらく応対した後、女を引き連れてこちらへと歩いてくる。 「トシ。とっつぁんが俺をご指名でな。本庁にすぐに行かなきゃならなくなった。すまんが彼女を家まで送っていってやってくれないか」 おれの身体をすり抜けると運転席に乗り込み、 「頼むな」 おれの返事も待たずにドアを閉めた。ウインドウ越しにひらひらと手を振る。 残されたおれに、女はにたりと口角を上げた。唇は作り物みたいにてかてかしていた。 川沿いの道を女に先導されて歩く。だっておれはこいつの家など知らないから。 飼い馴らされたおれの体は惰性で近藤さんの言いつけをこなそうとしている。 しばらく横を歩けば徐々に、全身が麻痺したようになってくる。鳥肌に似た何かが袖と腿とを覆い始める。 さっきからこの女は何なのだろう、キィキィと話しかけてくる。はしゃいだ声が歌うように上下する。 おれは無心に、等間隔で植えられた桜からちらちらと降る白が髪にへばりつきそうになるのを神経質に手で払う。 話を聞いているふりすらできそうにない。煙草を探ろうとジャケットに手を入れれば、浮かれたような足取りがふと止まり、ぐるりと振り仰いでおれを見た。 「近藤さんが、」 その忌々しい舌に、名前を載せられて致し方なく面を上げる。 初めてまともに合わせた、目は他の生き物のように爛々としていた。 「私を見る目をご覧になった?ずっと、私のほうだけを見ていたわ」 始めは貴方の名前がよく口に上っていたけれど、今じゃ会話の端にも出ない。私に夢中。 得意げな口調、意味が遅れて脳にじりじりと届く。思考回路が炙られて点滅する。 十年以上も一緒にいたようだけれど、と、たっぷりと勿体をつけて吐き出した。 「あなたたちの絆なんてたいしたことないのね」 甲高い声が蝙蝠の羽音みたいにぶんぶん揺れて聞こえて、目の前がぱんと白くはじけた。 090517 |