昨日の犠牲者は坊主だった。年のころ四十。檀家廻りの帰り、スクーターに乗ったところを斬られていた。まったく見事な太刀筋で、胴体はほぼ綺麗にまっぷたつにされていた。間近で見てその斬り口の鮮やかさに思わず感心してしまったほどだ。 犯行現場は斉藤の張っていた通りのすぐ裏手だったらしく、三番隊の連中は臍をかんでいた。 そうそう甘い包囲網を敷いているわけでもないのに、尻尾すらつかめない。あまり考えたくはないが内部犯、警察関係者の犯行かもしれない。幽霊や物の怪の類と云われてもおかしくはない、らしくもなくそんなことを考える。 「誰だ」 低く呟けば、きゃ、と竦んだ女の声がした。 「起こしてしまったらごめんなさい」 話し方ですぐわかる、あの、近藤が最近懇意にしている女。 自分が仮眠を取っているこのテントには他のものは滅多に近づかない。自分が眠りが浅く、寝起きには殺気立っていることを隊士なら皆知っている。 「あの、お茶。よろしかったら」 湯飲みか何かをこちらへ差し出す気配がした。 自分はアイマスクを少しだけ持ち上げて、軽く首を振る。わざとらしく黄色い灯りが目に飛び込んできた。 「遠慮しときまさぁ」 ガム噛んでますんでね。口元を指差せば、あらごめんなさい、と首を傾げた。巻き毛が輪郭を追ってふわと揺れる。計算されつくした角度の笑み。照明の色とあいまって全く白々しい。こんなものが自分に通用するとでも思っているのだろうか。なぜこの手の女は男はみな同じだと思い込んでいられるのだろう。 「近藤さんが、」 ぴくりと動いた眉根は見えなかったはずだ。アイマスクをつけていてよかったとぼんやり思う。 「沖田さんのこととても褒めるんです。小さいころのお話なども楽しそうになさって」 近藤の名前を出せば相手をせざるをえないことを、この女は知っている。 「おしゃべりしてみたいなとずっと思っていましたの。」 ふん、だの、はぁ、だの、適当な相槌ばかりを打つ。一向に弾まない会話をもどかしく思ったのか、あの、と遠慮がちに尋ねてきた。 「何か、お気に召さないことでも…」 殊勝な物言いの裏に真意が見え隠れする。 とかく女はこちらを悪者にするのが上手い。自分は口の端だけで苦笑した。 「あんた、近藤さんのことが好きかィ」 女は躊躇もなく応えた。 「ええ、好きですわ」 「どんくらいだ」 ずいぶん子供っぽいことを聞きますのね、女はくすりと笑った。言葉に澱みはなかった。 「たぶん貴方が考えているより、私はずっと本気です」 そこまで言うんなら。低く声を這わせる。 「あんたの覚悟を聞かせてもらおうか」 途端、笑窪が消えた。この女は莫迦ではない。瞬時に自分が何を意味したかを悟ったらしい。その、と視線が泳ぐ。 「それは、私はみなさんみたいに力もないし…」 覚悟と云われても。探るような上目遣いに自分は小さく首を振った。 命も賭けないやつが笑わせる。 「言い訳が聞きたいんじゃねぇんですがね」 感情のない声音をどう思ったのか、女はぐっと唇を噛む。 そのかわり。弾けた唇から上擦ったせりふが漏れた。 「自信があります」 初めて明確な敵意を向けた、こちらを睨む目つきは雌らしくぎらぎらしていた。 「あのひとに、一番愛されているのは私だって」 自分は目を眇めた。ほんとかね、と声には出さずに呟く。 しばしできた沈黙に、自分はとぼけて云った。 「まあ俺は構いません。あのひとがあんたと添い遂げるというのなら異存もねぇ」 肩を竦めて見せる。携帯電話のディスプレイを眺めればそろそろ交代の時間だ。 すれ違いざまぼそりと、耳元に呟いた。ただ。 「俺よりやっかいなのが、もうひとりいますぜ」 強張った女の顔は歪んで、それはそれは見ものだった。 090511 |