デュアルハニーズ・3


「…副長、」
顔の前で山崎がぶんぶんと手を振っても、呆けた土方はテーブルに肘をついたまま反応しない。
「副長、聞いてますか?」
あさっての方向へ目を細めていた土方は、おもむろに首を竦めて振った。ため息にも似たせりふが口から漏れる。
「ダメだ、喧嘩はやめてくれ……!」
「……えーと」
前に置かれた丼ぶりも途中で箸が止まっている。
「どうやら脳内でふたりの近藤さんが自分を取り合い始めたよーですねィ」
隣から入った沖田の解説に、山崎は引きつった笑みを返した。
「すっかり脳内がお花畑ですね…」
近藤らは土方の両脇で、しょっぱい顔をしながらラーメンをすすっている。
「あの開発者からのレポート届いてますから、一応目を通しといてくださいね」
ひらひらと振って、土方のトレイの脇に封筒を置く。
食堂を出て行く山崎を尻目に、沖田は尻ポケットから折りたたんだ冊子を取り出した。
「近藤さん、明日のこれどうしやす」
差し出されたパンフレットに、近藤らは揃って声を上げた。
『ああ、それな』
安っぽいペラペラのカラープリントに印字されているのは、隊士募集のキャンペーンイベント。毎年近藤たちの故郷武州で開催されるものだ。
入隊志願者とはできるだけ対面で話をしたい、という近藤は必ず顔を出すのが常だったが、今年に限って予定があけられずに残念がっていた。
「局長会議と被ったからパスするつもりだったけど」
「二人いるならならいけるよな」
見合わせて頷く。土方はそこで正気に返ったように顔を上げ、叫んだ。





「ダメだ、おれは反対する!」

半日云い続けた土方のせりふは、もはや誰もが空耳扱いだ。
土方を除きにこやかに手を振る隊士らに見送られ、最後に沖田と近藤が乗り込んだパトカーの扉が音を立てて閉まった。
ひとり残った近藤にじと目を向けて、土方は唇を噛む。

「近藤さんがひとりになっちまった……」
元からひとりだろ、というつっこみも耳に入っていないらしく、土方は肩を落とした。
「いつまでも二人ならいいのに」
近藤は苦笑して眉を下げる。
「そういうわけにもいかんだろう」
現実問題、人格も記憶も全く同じ人間が同時にふたり存在するなんてことが通用するわけがない。戸籍だってひとつしかないから、必然的にどちらかが幽霊扱い になってしまうし、どちらもオリジナルなだけに始末に悪い。

「おれなら、三人になっても四人になっても構わねぇのに」
脳内で展開されているビジョンにならうすうす見当がつく。多分にアラビアの逆ハーレムみたいなものが広がっているのだろう。
「またトシはアホなことを…」
眩暈に似たものを感じてこめかみに拳を当てれば、土方は弾んだ声で云った。
「何人になったって、おれが全部面倒見てやるぜ」
素直に礼も云えず複雑な心持ちで、近藤は顔をひきつらせた。





翌日昼過ぎ。
登城の支度を終え、連れ立って框に下りたところで、悲鳴に近い声が二人を呼んだ。
「局長!副長!」
けたたましい足音を立てて走ってきた、山崎は涙目だ。
「なんだ、騒々しい」
肩で息を整える間も惜しんで、掠れたせりふを続ける。 
「は、花子が消えました!」
「はぁ?わかるよーに話せ」
山崎はあくあくと口を開いたり閉じたりして、握り締めていたファックス用紙をずいと突き出した。受け取った紙面にはふてぶてしい面構えの猪が大映りになっ ている。
「これ、近藤さんと一緒に装置に入って二匹になっちゃったっていう猪です、これが今日になって急に」
「消えた、って……」

山崎が受け取った電話で件の開発者が言うことには。
個体を二つに分離する際、分子のコピーが理論どおりに上手くいっておらず、結合力がオリジナルよりも極端に弱いそうで。分離させたままにしておくとそのま ま消滅してしまう、とのこと。
被験体の猪が消滅して初めて実験の失敗がわかったと、電話の声はまるでのんびりしていた。

「個体差はあるようですが、試算では長くても百七十時間も持たないって、百七十時間だと、えーと……七日と二時間、」
土方は壁にかかったカレンダーに目を走らせて、喉をひきつらせた。
今日が七日目、タイムリミットまであと三時間もない。
「なんだって?」
 
「いいいいますぐ、あっちの局長を呼び戻さないと!」
転びそうになりながらも通信室へ向かって走り出す山崎に、近藤はようやく身を固めた衝撃から我に返った。
「ト、トシ、俺たちも」
うろたえながら肩を叩けば、土方の顔色は近藤がぎくりとするほど真っ白だった。




081214