デュアルハニーズ・4


けたたましいサイレンの音に、左右の車両がのろのろと道を空ける。忌々しそうな顔をする運転手を横目で思い切り睨み付けながら、土方はもどかしい気持ちで アクセルを踏み込んだ。

「まだあっちの近藤さんは捕まらないのか」
苛立って口調が尖る。パトカーに乗りこんで三十分、車はまだ高速道路にも乗れていなかった。
武州遠征組の原田たちと連絡は取れたものの、式典後近藤の行方が知れないとのことだった。沖田と揃って姿を消しているらしい。携帯電話は圏外。近藤の親戚 筋など、心当たりはことごとく外れた。
出張先で二人で姿をくらまして、買い食いだのにしけこんでいることはよくある。でもこんなときに限って。土方は奥歯を噛む。
無線機の向こうから雑音混じりに山崎の返事が届く。
『…原田隊ちょ…全力で…探し…るんで…が…』
音声が悪いのに加えて、山崎の声はひどく憔悴している。情けない声出してんじゃねぇ、と一喝した。
「引き続き近辺の警察に応援を要請しろ。交通機関、トラック、タクシーにも非常事態ってことで無線飛ばして、情報かき集めろ。とにかく、あっちの身柄を確 保しねえと」
『……り、……た……し』
「なんだ?聞こえねぇ」
聞き返せば突然、ハウリングを起こしたような甲高い音が耳をつんざいて、それきりスピーカーは雑音しか発さなくなった。
土方は舌を打ち、無線機をガンと叩きつけた。車の整備を後回しにしてきた自分を呪う。
「くそっ、なんてタイミングだ」
 
車はやっと高速に乗った。
助手席に座る近藤の顔が土方にはまともに見られなかった。
先日、食堂で山崎が置いていった報告書のことを思い出す。あれを熟読していたら、この実験の失敗可能性、元に戻らないことのリスクが少しは予想できたかも しれない。そんなリスクがあるのだと知っていたら絶対に、こんなに長いことふたりのままにしておかなかったのに。
 もし、このまま近藤が消えてしまうようなことになったら。その酷い想像に堪えかねて視界がぶれる。死なせない、あんたを死なせたりしない。土方は口の中 で念仏のように唱えた。

頭上の電光表示盤によれば、武州までまだあと50キロ。焦りばかりが募る。
速度メーターを覗き込んだ近藤が云った。
「トシ、スピード上げすぎ。周りちゃんと見ろ」
諌めるような声に、色をなして噛み付いた。
「あんたも何落ち着いてんだよ、消えちまうかもしれねぇ、ってのに」
視線がかち合って、土方ははっとする。近藤は顔色こそ悪かったけれど、目の色は酷く落ち着いていた。無性に怖ろしくなる。
「俺だって怖ェよ。でも、考えてみたら悪くない人生だったな、って」
目を細めた近藤の姿が一瞬霞んで見えて、何度も瞬きをすればもう一度、ぼうと透けた。体中を戦慄が包む。喉からは吃音しか出ない。
「トシ、今までちゃんと云わなかったけど、最期かもしれないからちゃんと云うな」
自分の肩にかかる、手の重みがゆらりと薄れる。土方は絶叫した。
「やめろ!聞きたくない」
こんなときばかり近藤の声は優しく鼓膜に滑り込む。
「な、聞いて。俺、お前のこと」



瞬間、轟音とともに目前のフロントガラスが真っ白になって砕けた。
衝撃が車体を包んで、土方はきつく目を瞑る。とっさにきったハンドルでボディは半分宙に浮き、中央分離帯に大きく乗り上げた。
遅れて踏んだブレーキで、コンクリートにタイヤが摩れて黒煙がもうもうと上がる。咳き込みながら視線を横にやれば、近藤がぐったりとダッシュボードにつっ ぷしている。粉々になったフロントガラスと大きな穴から、これを突き破って何か大きなものが飛び込んできたらしい、ということが見て取れた。
「近藤さん、近藤さん?!」
揺さぶれば小さく唸る。被ったガラスを払うけれど、大きな怪我はないようだ。土方はおそるおそる、先ほど掠れて見えた顔の辺りに触れた。肌は普段と変わら ず、しっかりと存在を主張している。


「どうやらうまくいったようですねィ」
驚いて振り向けば、歪んだガラス窓の外に沖田がいる。土方は呆然と名前を呼んだ。
「総、悟」
沖田はちょいちょいと近藤を指差して、胸を張って見せる。
「一人になってるでしょう、成功でさァ」
わけがわからず瞬く土方の耳に、遠くから響くパトカーの音が連なって聞こえた。




「総悟くんもねー、もうちょっと人の体労わってよ。これ下手したら衝撃で死んじゃってたよ」
無線が通じないからって。車どうにかして止めるとかさ、あるじゃない。後部座席からぶつくさと愚痴る近藤に、助手席の沖田はさらっと答えた。
「近藤さんの石頭がフロントガラスなんかに負けないという確信があったからこそでさァ」
近藤はちょっと納得したようにうなずいて、それから首を捻った。
「……ってそれ褒め言葉?」

土方は安堵とそれに伴う脱力で、近藤の隣で放心している。
運転席の山崎はバックミラーをちらと覗いて眉尻を下げた。

 
第一報を聞いてすぐ、近藤を連れた沖田は近くを走っていた長距離トラックをジャックしてこちらに向かっていたそうで、山崎の無線と繋がったのがあの十分 前。無線の通じなくなっていた土方たちの車の位置をGPSで把握し、対向車線で待ち伏せ、パトカーめがけて近藤の体を頭から突っ込んだそうだ。

「俺は丸太じゃねーっての……」
荒っぽいにもほどがあるやり方は、近藤の額に大きなコブを作ったが、その他は運よくかすり傷程度だった。

「副長たちの乗ってたパトカーのレーンがずれてたら成功したかわからないし、ほんとに運がよかったですね」
山崎は明るい声で云う。通信室の斉藤や武田の誘導が的確で、うまく連携が取れて。いつもグダグダだけれど、こうしていざというときには一つの生き物みたい にスムーズに動く、真選組を胸のうちで誇らしく思う。

はぁ、とため息を吐いた土方に、近藤がからかうように云った。
「なんだ、トシ、ひとりになっちまって残念か」
ゆっくり首を振る。搾り出すみたいにして低く答えた。
「……ひとりで十分だ」
生きててくれさえすれば。土方にしては殊勝なことをいう。俯いた表情が気になって、近藤は肩を寄せた。

とたん、土方ががばと顔を上げた。目交いで瞳がらんらんと光る。
「さっき、なんか言おうとしてなかったか」
近藤はてきめん固まった。視線をぐるりと泳がせる。
「なんでもないよ、ウン」
「嘘だ、なんか言いかけてた」
「おれ、あの、武州に行ってたほうの記憶しかないから、」
「じゃあなんでごまかすんだ」

後ろで始まったいつものやりとりに山崎と沖田は肩を竦めあって、今ばかりは小さく笑った。




(了)
081220