おれもあいつであいつもおれで・5


ああくそ、気分が悪い。
おれは苛立ちに任せて短くなった煙草をぷっと吹き出し、かかとでもみ消した。
斜め後ろで苦虫を噛み潰したような顔をしていた山崎が、吸殻をティッシュの上に拾う。嫌味ったらしい。
「なんだそのカオは」
一睨みすれば山崎はそそくさと後ずさった。逃げ足だけは速いでやんの。あー有無を言わさず殴って置けばよかった。募ったいらいらの行き場がなくて、おれは握った拳をごきごきと鳴らした。


副長室はもうもうとした煙草の煙で占められている。脂で心なしかべとついた気がする机に突っ伏してうめいた。机上には吸殻が山盛りになった灰皿、整理もされてない書類、紐で綴った資料、ライター、筆記具がごちゃっとしている。そして手元には件のハンディカム。
あれから本当に近藤さんは口をきいてくれない。そりゃあもう鮮やかな無視っぷりだ。用事があっても人づて。おれが部屋に入ると間もなく出て行く。
普段何をしたってやれやれと許してくれる温和な彼らしくもない。本当に怒っているのだと思い知って、変な動悸がどくどくする。
このままずっと口を聞いてもらえなかったら。想像だけでぞっとする。いつもトシトシ呼ぶ、あの声がもう聞けないと思うとおかしくなってしまいそうだ。

画面の回るハンディカムだから、おれ1人でも撮影できる。モニタと向き合いながらおれは唸った。

仲直り、というか休戦協定、というか。
少なくとも見かけだけでもしないとダメ、なんだろうなコレ。



夕飯どきも終わりかけたころ、おれは食堂の戸を引いた。混雑のピークも終わり、だいぶ人もまばらだ。左奥、窓際の席につかつかと靴裏を鳴らして歩み寄る。ざわめきが退いていく。

「…近藤さん」

らしくもなくしおらしい声を出すおれに、近藤さんは顔だけこちらへ向けた。引き結んだ唇に、促されるように続けた。

「和解、しようとしたんだ」
「できたのか」
まる一日半ぶりにおれに向けられる声。おれは苦く絞り出す。
「あんなに譲歩したのに」
「どういうことだ」
いつもより幾分堅く響く言葉に、縋るように云った。
「近藤さんを一日二十四時間のうち、百四十四分もあいつに譲る、って云ったのに」

「はぁ?」
近藤さんを始め、食堂に残っていた一同が一斉に変な声を上げる。

だってあいつのが後から来たんだし。本体はこっちだし。組の仕事だってしやがらねぇし。働かざるものなんとやらっていうじゃねぇか。使い方違うような気もするけど。
「九対一だぜ?ものすごい譲歩じゃねぇ?コレ」
それなのに冗談じゃないでござるとかほざきやがって、話し合いはあっという間に決裂した。
近藤さんはあきれきったように肩を落とし、
「あのさぁ、トシ、おれが何で怒ったかわかってる?」
などとため息を吐く。かっと頭に血が上った。

「小競り合いがなくなりゃいいんだろ、じゃあ今すぐこの刀へし折ってやるよ!」
もっと早くこうしてればよかったんだ。鞘ごと腰から引っこ抜き、柄を握り締めて振りかぶったところで、耳元でばちんと大きな音がした。
ぐらりと視界が揺れて、がたがた椅子を鳴らしながら膝が崩れた。べたんと床に尻餅をつく。
頬がじんじん熱い。初めて近藤さんに顔を張られた事を知る。

「あいつだってお前の一部なんだぞ、それを」
わなわなと近藤さんの腕が震える。顔は真っ赤で額には青筋が立っていた。おれは泣き喚きたい気分になって叫んだ。

「ああわかったよ!」






081021