にっちもさっちも・3


全く、このご時世に五足千円の靴下を繕わなきゃならないってどんな貧困だよ。手始めにここからストップしてほしい。ザ・貧困。
ガラガラと戸の音が聞こえたので、僕は繕い物をしていた手を止めて顔を上げた。元凶のご帰還だ。

「おかえンなさい」
若干ンのところに嫌味をこめて声を投げる。
戸の音がもう一度、今度は半分だけ聞こえて止まった。たたきにあがる足音もない。倒れこんででもいるのだろうか。やれやれと思いながら腰を上げる。
まあ今日はひとりで帰ってこられただけ及第点かな。


玄関を覗くと戸を半分開け放したまま、銀さんは壁によりかかっていた。
僕はつっかけを履くと一先ず扉を閉める。
「おかえんなさい」
改めて声をかけたけれど、ただいまも言わずに下を向いている。
覗き込んだら逸らされた。なんか変だ、と思ったけれど、凹んでいるのか怒っているのか見当もつかない。遠まわしに様子を伺った。
「誰かと一緒だったんですか」

ようやくこちらに向けられたのは、ぶすっとした表情。
ぺっとせりふを吐き棄てた。
「ゴリラ」
「近藤さん?」
よく一緒になるもんだなぁ。ウマが合わないのなら相席しなけりゃいいのに。
銀さんは更に聞き取れないくらいの声でぶつぶつ云って、それから、きっ、と僕のほうを見た。
「お前あいつみたいになるなよ」
出し抜けによくわからないことを。僕は面食らって瞬いて、はぁ、とだけ返事をした。
「あいつ、性格悪ィんだ」
「近藤さんが?」
文脈が追いきれずに聞き返せば、こくこくと頷き、額にぺちんと手をやる。あー、と情けなく呻きながら壁伝いにずるずると崩れた。
泣いているんじゃないかと思うような鼻声で、ぐずぐずと啜る。
「おれはもう土方がかわいそうでかわいそうで」
「土方さんがァ?」
あの澄ました顔と、かわいそう、という形容詞が結びつかなくて僕は思いっきり怪訝そうに鸚鵡返した。銀さんはもう夢の世界へ誘われてしまったらしく、むにゃむにゃしてもう意味のある言葉は聞こえなくなった。






洗濯物を取り込んで母屋に向き直ったら、門のほうから見覚えのある制服が大またで近づいてくるのが見えた。散切り頭に煙草。反射的に籠を反対側に抱えなおした。臭いがついたらたまらない。

開口一番、
「うちの大将来てるか」
ときたもんだ。
僕は草履を脱いで縁側に上がって、足元にかごをどさりと下ろす。お邪魔しますの一言くらい云ったらどうなんすかね。
「今日は来てませんよ」
応えたあとで考え直して、訂正。
「どっかにいるのかもしれないけど、今のところ潜伏先がわかりません」
発見し次第姉上が駆逐すると思いますけど。そう言い添えると、そうか、と無感動な相槌を寄越して、
「ここで待たせてもらうぜ」
どっかりとあぐらをかく。さすがに出て行けとも云えず、僕は唇を噛んだ。
公権力の濫用という字が脳裏に掠めて消える。

こっちには目線ひとつ寄越さず、ずいと掌が突き出された。
「灰皿」

どうでもいいけどなんでこのひとこんなに偉そうなんだ。そうは思いつつも雑用根性が染み付いた体が、客間から灰皿を持ってきてしまった。
自分にがっかりしながら、せめてもの抵抗としてガツンと投げるように置いた。彼はちっとも怯まず寄せて灰を落とす。


なんかイヤミ、は通じないかもしれないから、悪態のひとつも吐いてやりたくて、とっさに僕は昨日の銀さんのせりふを思い出した。
「そういえば銀さんが、」
たっぷりもったいぶって言ってやる。
「あんたがかわいそうって云ってました」
「はぁ?」
いや僕にもよくわかんないんですけど。ぼりぼりと口元をひっかく。
「近藤さんが性格が悪いとかどうとか」
土方さんはふん、と鼻で笑い、紫煙を吐き出した。
「あいつに憐れまれるようじゃ、おれもヤキが回ったもんだ」

煙の向かう方向を考えて、足で洗濯物が入った籠を八畳間のほうに押しやる。
「それで、どうなんですか」
「あ?」
「性格悪いんですか、あのひと」
発音しきらないうちに、かみつくような形相がこちらを振り仰いだ。
「ふ、」
ふざけんな、とか、まあそういうようなことを云いたかったんだと思う。僕がせりふを待って瞬くと、土方さんは急にばつが悪くなったらしく、口を噤んでそっぽを向いた。


「どうなんスかねェ」
含み笑いが聞こえたのか、苛立ったような舌打ちが鳴った。
「知るか、」





080612