視界が半分潰れている。 顔の右側が腫れ上がっているせいだ。気休めにもならないような絆創膏が、更に可視領域を狭めている。じんじんと痛む頬骨とふっとばされてできた半身の打撲。まあでも今日は直接攻撃だけだから被害はてんで少ないほうだ。 竹槍や地雷にかかると自力での脱出は不可能だし、病院行きになること必至だものな。 一度なんて床が抜け、天井から砲丸の玉が落ちてきたこともあったっけ。 屋舎への被害は出ないように計算されつくした見事なトラップ、いやぁ流石お妙さんだ。 「懲りないなあんたも」 半歩後ろを歩く、トシがそうぼやくものだから、俺は握り拳を振るって見せた。 「最後に必ず愛は勝つんだぞ」 「ふっる」 見も蓋もないつっこみが耳に痛い。どうせオッサンですよォ。あれ、でも俺とトシってそういくつも違わない筈なんですけど。 口の中でぶつぶつ言っていると、手が俺の肩を軽く叩いた。 「まあでも、」 勝つといいな、と云った、声音は柔らかだった。 振り向けばトシの口元はゆるく笑みの形に作られていて、おれはなんだか醒めたような気持ちになる。 あのとき、銀時に云ったのは俺の衷心からの言葉だ。 この関係は確かに、こいつが望んでこういうふうにある。 トシはふいと視線を落とすとごそごそとポケットを探り、案の定煙草を取り出した。一連の動作をぼうっと見てしまった後で気づいた。ここの区路上は禁煙だぞ。こら、と云い掛けたところで、ふーと煙を吐き出した。 「万事屋が」 トシの口からあいつの名前が出てくるなんて珍しい。 俺は瞬いて復唱した。 「万事屋が?」 聞き返すと視線がふいと泳いだ。煙草を銜えて押し黙ったトシを、肘で小突く。 「なんだよ、途中でやめんなよ」 また煙を吸って、吐いて、十分ひっぱって、それから 「あいつが、」 ぼそりと続けた。 「おれのこと可哀想だってさ」 バカ言ってんよな、と首を傾げる、トシの横顔が頼りなく見えて、 諦めたように伏せられる睫に、俺はやたらとカチンと来た。 おれはトシのこういう笑い方が嫌いだ。 亭主の暴力に黙って耐える細君とか、薄幸のヒロインを連想させる。 俺のために耐えてるとか、俺の幸せが一番で自分のことは後回しとか、そういう、自己犠牲に酔ってるみたいな表情。 たまに、どうしようもなく癇に障るときがある。 誰も犠牲にしてくれなんて頼んでない。 俺たちは対等だ。お前が求めさえすれば、俺たちはどうにだって変われるのに。 はぁ、大きなため息を吐いたら、トシがこちらを訝しげに伺ってきた。 「どうかしたのか」 「…いいや、」 俺たちこんだけ一緒にいるのに、肝心なところに蓋をしたまま。 「こーいうの寂しいなと思って」 トシの眉根が少しだけ寄せられる。わっかるかな、わっかんねーだろーな。なんでも悟ったような顔しているくせに、ほんとはてんで鈍い。 ぜんたい、にっちもさっちもいかないんだ。 080615 |