にっちもさっちも・4


視界が半分潰れている。
顔の右側が腫れ上がっているせいだ。気休めにもならないような絆創膏が、更に可視領域を狭めている。じんじんと痛む頬骨とふっとばされてできた半身の打撲。まあでも今日は直接攻撃だけだから被害はてんで少ないほうだ。
竹槍や地雷にかかると自力での脱出は不可能だし、病院行きになること必至だものな。
一度なんて床が抜け、天井から砲丸の玉が落ちてきたこともあったっけ。
屋舎への被害は出ないように計算されつくした見事なトラップ、いやぁ流石お妙さんだ。



「懲りないなあんたも」
半歩後ろを歩く、トシがそうぼやくものだから、俺は握り拳を振るって見せた。
「最後に必ず愛は勝つんだぞ」
「ふっる」
見も蓋もないつっこみが耳に痛い。どうせオッサンですよォ。あれ、でも俺とトシってそういくつも違わない筈なんですけど。
口の中でぶつぶつ言っていると、手が俺の肩を軽く叩いた。
「まあでも、」

勝つといいな、と云った、声音は柔らかだった。
振り向けばトシの口元はゆるく笑みの形に作られていて、おれはなんだか醒めたような気持ちになる。


あのとき、銀時に云ったのは俺の衷心からの言葉だ。
この関係は確かに、こいつが望んでこういうふうにある。


トシはふいと視線を落とすとごそごそとポケットを探り、案の定煙草を取り出した。一連の動作をぼうっと見てしまった後で気づいた。ここの区路上は禁煙だぞ。こら、と云い掛けたところで、ふーと煙を吐き出した。
「万事屋が」
トシの口からあいつの名前が出てくるなんて珍しい。
俺は瞬いて復唱した。
「万事屋が?」
聞き返すと視線がふいと泳いだ。煙草を銜えて押し黙ったトシを、肘で小突く。
「なんだよ、途中でやめんなよ」
また煙を吸って、吐いて、十分ひっぱって、それから
「あいつが、」
ぼそりと続けた。
「おれのこと可哀想だってさ」
バカ言ってんよな、と首を傾げる、トシの横顔が頼りなく見えて、
諦めたように伏せられる睫に、俺はやたらとカチンと来た。


おれはトシのこういう笑い方が嫌いだ。
亭主の暴力に黙って耐える細君とか、薄幸のヒロインを連想させる。
俺のために耐えてるとか、俺の幸せが一番で自分のことは後回しとか、そういう、自己犠牲に酔ってるみたいな表情。
たまに、どうしようもなく癇に障るときがある。

誰も犠牲にしてくれなんて頼んでない。
俺たちは対等だ。お前が求めさえすれば、俺たちはどうにだって変われるのに。


はぁ、大きなため息を吐いたら、トシがこちらを訝しげに伺ってきた。
「どうかしたのか」
「…いいや、」
俺たちこんだけ一緒にいるのに、肝心なところに蓋をしたまま。
「こーいうの寂しいなと思って」
トシの眉根が少しだけ寄せられる。わっかるかな、わっかんねーだろーな。なんでも悟ったような顔しているくせに、ほんとはてんで鈍い。

ぜんたい、にっちもさっちもいかないんだ。





080615