アヲハルスタンドバイ・10


「顔、上げなよ」



ちょうど同じ場所で、数時間前もあの男が土下座していた。
やることも似ているなんて、おかしくなってしまうよ。


屈んで肩を叩くと、近藤くんは僕を仰いで喉を鳴らした。
僕は彼の言葉を封じてしまいたくて、無理に口の端を上げて見せた。


「タイムリミット、だ」
意味が飲み込めないらしく瞬きを返す彼に、俯いてふ、と息を吐く。
のろのろと膝を伸ばし、窓の桟に身体を傾け、体重を預けた。
カーテンの裾を弄りながら、赤らんでいく遠くの空に視線を逃す。
「僕、来月からアメリカに行くんだ」

「え、」
「兄の手術を、そちらですることになってね」
渡航のことを父から聞かされたとき、一緒に過ごせる時間の短さに気が遠くなって、それでこのひとに告白しようと決めた。たった半月でも、彼の特別になりたかった。
そんなことでもなければ、僕はきっと思い切れなかった。

「もともとそれまでのつもりだったんだ」
君を、困らせる気なんかなかった。
声が詰まりそうになるのを、僕は必死で堪える。
「短い間だけど、楽しかった」
君のこと、彼に返すよ。口の中だけでつぶやく。

彼は苦しそうに眉間を寄せて、それでも僕を見据えて云った。
「伊東、ごめんな」
首を振る間も与えず、言い募る。
「俺だって、あんたのこと好きで、」
喉を引きつらせ、あろうことか目には涙が浮かんでいる。
「あんたに笑ってて欲しいと思って、」

脱力して膝をつく。ぶつかりあう視線を外せない。
彼が涙を拭うのに、呆然として呟く。
「……困ったな」
泣かないでくれ。
僕は君のことを優しい人だと思っていたけれど、同じだけ酷い人だったんだね。

手が一本しかないのならそんなにたくさんに伸ばすべきじゃないのに。誰に対しても全力で向き合おうとする。けれどそんな偽善じみた、身の程知らずな青臭さをこそ、僕はどうしようもなく愛していたんだ。


目交いを詰め、顰められた眉間にそっと、唇を寄せた。
触れるだけのキスに、瞼がひくりと揺れる。


愚かでやさしいひと。こうして、
君に思う様爪あとを残せることに喜んでいるのだから、僕らはきっとお互い様だ。





080301