壁越しに聞いたミツバの台詞に身が竦んだ。あれから耳の底にこびりついて離れない。 思い返せば身体を結んだ日から、近藤さんは笑顔を俺に向けていない。 屈託無い彼の笑顔を思い出そうとしても、上からあの、辛そうな表情に置き換わってしまう。 ミツバの言うことは正しいと思う。 好きな相手は大事にしたいと、笑っていてほしいと思うのが当たり前のはずなのに。 もう自分が近藤さんのことを好きかなのかどうかも、よくわからなくなってしまった。これはただの気違いじみた執着で、もしかしたら恋心ですらないのかもしれない。 舌を噛んで見せたときの、おれを映す戦いた眼を思い出す。 自分だって無茶苦茶なことをしてる自覚はある。 でも、あのひとにどんなにつらい顔をさせても、傍を離れたくないと思う。 どんなにそれが浅ましい行為なのだとしても。 泣き喚いて縋り付いて、雁字搦めにしてしまいたい。 「ここでよかったかな」 メモで呼びだした空き教室に、伊東はひとりでやってきた。 後ろ手に戸を引いて、こちらへまっすぐに向かってくる。 埃くさい床に座り込んでいた俺は、壁伝いに身を起こした。 伊東はおれの前を横切り、窓枠のところで止まるとガラスを開け放した。 どうと風が吹き込んできて、埃の匂いと伊東の声をかき消す。 空気が悪いな、とかそんなことを言ったんだと思う。 「最初から」 眼鏡の縁を睨むように見遣って、 「てめェのこと、虫が好かなかったんだ」 ぼそりと漏らした呟きに、伊東はしれっとして応える。 「奇遇だな、僕もだよ」 伊東の横顔は落ち着き払っているみたいに見えた。 焼き切れてしまいそうな思考回路に眼を眇め、大股で向き直る。 おれは息を呑み、意を決して膝をついた。 「頼む」 声は掠れてひきつれている。屈辱や羞恥に頭が灼けるようだ。けれどそれを凌ぐどうしようもなさに駆り立てられて、おれは床に頭を付けた。 「近藤さんから、手を引いてくれ」 080301 |