アヲハルスタンドバイ・11


「あ、飛行機雲」

紺碧にひっぱられる、チョークの線のような白。
腕を伸ばして指差す。
「あれかな」

「まさか」
俺の胸板に頭を乗せていたトシは、そちらを見ようともせずに応える。
俺は垂直に伸ばしていた右手をぱたりと下ろした。


見送りはいいと言う伊東に、深くは食い下がらなかった。
さよならが言いたくなくて、代わりに、手紙を書くよ、と伝えた。それを聞いて伊東はいつもみたくはにかんだから、俺も歯を見せて返した。
上手く笑えていたかどうか、自信はないけれど。




屋上は立ち入り禁止になっているから、こうして寝そべっていると目に映るのはフェンスに縁取られた青一色で、自分が空に侵略されているような錯覚がする。
目を細めた俺に、視界の裾の黒髪がふと漏らした。

「おれは、誰にも」
謝らない。身体を通して響く声に、俺は頷いた。
「ああ、」

「お前のせいじゃねぇ」
強いて言うならこれは共犯だ。


伊東や、お前に想いを寄せる彼女や、彼女を慕う彼や、
正しくあろうとした自分や、そんなようなものをみんな犠牲にして、
それでも俺はこの手を選んでしまった。



七月のあまり優しくない陽光にじりじりと肌を焼かれて、俺は伸ばしていた右腕を日陰に引っ込めた。
トシがふと上体を持ち上げ、こちらに顔を寄せる。
「……ん」
啄ばむようなキスを受け止めて、左手を後頭部に添えた。
触れるほど近くで、唇が、もう一回、と動く。

俺は返事の代わりに、未だ下着もつけていないトシの下半身に指を伸ばした。


指の腹で尻たぶをなぞれば、先ほど俺が中で出したものがちゅぷ、と絡まる。それを掬って、まだ綻んでいる入り口から進入する。
「う、ふ」
あまり器用でない左手の動きにも、トシの腰はひくひくと跳ねる。
もどかしく横抱きに身体を反転させれば、喉で甘く鳴いた。

頭を振るたび、ざり、と音がする。何も敷かないコンクリに直接擦り付けているんだから頭皮も、背中だって痛いだろうに。あられもない声を上げる、こいつの顔には快楽しか浮かんでいない。
トシの前が完全に立ち上がっているのを探って、俺も反り返った自身を下着から取り出した。ぬめりを借りて粘膜をそろそろと割っていく。いやらしい粘度の締め付けに、息を小刻みに吐きながら腰を進める。一回目よりも抵抗が少ない。
潰れたような声が蕩けた喘ぎに変わるまで、幾許もないのを知っている。

繋いだ右手が、摩れる腿が、汗で滑る。


わかったことがひとつある。
こいつだけがおかしいのじゃない。

なりふり構わないトシに、こんなのめちゃくちゃだと、そう思っていた。
でも、俺だって、そんなこいつの手を取っている。
更に始末が悪いことに、いつかこいつが泣いて嫌がっても離してやれない、厭な確信がある。
こんなのはとてもじゃないけれど、恋だなんて呼べない。この熱病みたいなものを何て呼ぶのか、俺は知らない。



組み敷く身体が長い唸りを漏らす。中が痙攣するように締まって、絶頂が背筋を駆け抜けていく。
ぶると身体を震わせ首を竦める。目の淵を掠った空は抜けるように蒼い。
振り仰ぐといつの間にか、飛行機雲は跡形もなくなっていた。






(了)
080301