遠くから背中を見つけて駆け寄る。 引退試合が済んでも、毎日のように顔を出していたのに。テストを挟んで一週間以上見ないから、部員のみんなも寂しがっている。 そんなことを言い募ろうとして駆け寄って、 肩を並べて覗きこんだら、呆けたような表情に一瞬ぎくりとした。 「おお、総悟か」 声をかけあぐねていると、彼はこちらに気づいて自分を呼んだ。 どこかぎこちない笑顔に言い知れない心細さを感じる。何かがいつもと違う、原因を探したら、思わず口をついて言葉が出てしまった。 「今日は一緒じゃないんですね」 誰と、とも聞かなかった。彼は眉を少しだけ寄せた。 「一緒にいないと、そんなに変か」 大きく首を振った。一瞬でも頷きそうになった自分がいやだった。 そんなこと癪だから認めてなんかやりたくないけれど。だってずっとおいかけてきたのは二人分の背中だった。いくら走っても追いつけない、けれど離れずついていきたい背中だった。 そんな自分の葛藤を読んだかのように、近藤は苦笑した。 「総ちゃん」 剣道場の扉を前に鍵を取り出したところで、耳慣れた声に名前を呼ばれた。 「姉さん」 セーラー服の襟をはためかせ、小走りで駆けてきた彼女が、ふう、と息を整える。 それから布袋をこちらへつきだした。 「これ、アンダーシャツ、干したまま忘れて行ったでしょう」 「わぁ、すいやせんわざわざ」 頭をかきながら受け取ると、きょろきょろと辺りを見回して、 「近藤さんは?」 と尋ねる。 「最近部には顔出してませんぜ」 今朝会いやしたけど。そう応えると、彼女は少し声を潜めた。 「ねえ、十四郎さんたち、喧嘩かなにかしているのかしら」 十四郎さんの、そう動く唇の形を見ていたくなくて視線を逸らす。 「元気がないようだから、気になってしまって」 さぁ、と気のない返事を漏らすと、彼女はすまなそうな声を出した。 「総ちゃんなら何か知っているかと思って、ごめんね」 「……そんなに気になるなら」 そんな声を出させてしまった事にすら苛立って、ふてたような唸りが口を衝いて漏れる。 「首に縄でもつけときゃいいでしょうに」 精一杯の皮肉で、そして自分に出来る精一杯の、後押し。 あいつのことは反吐が出るほど気に食わないけれど、彼女のあいつに寄せる想いに気づかないほど阿呆じゃないから。 ちらと顔を伺うと、彼女は目を開いて、それからふわりと微笑んだ。 「いいのよ」 くすくすと鈴を転がすような声と、柔らかな指が頭頂を覆う。 「隣で笑っているのを見られるなら、それで十分なの」 彼女の表情には何の曇りもなくって、自分の濁った感情とまるで対照的に思えて、 唇を、きり、と噛んだ。 「じゃあね、部活がんばって」 足音が遠ざかり、聞こえなくなるまでを見送って、道場の木戸に鍵を差し込む。 鍵を回せばおかしな感触がした。ガタガタとやって、もう一度逆に回す。 なんのことはない、既に鍵は空いていた。戸を引いて、横目で先客を見て、どすんと音を立てて上がり框に防具を置いた。 「立ち聞きたァ趣味が悪いや」 ぺたりと裸足を床板につけて近づく。 「あァ、座り聞きかィ」 視線を床に這わせた土方は、しゃがみこんだままこちらを一瞥もしないでいた。 生気のない横顔に今朝の近藤を思い出して、隣に並んで壁に寄りかかる。 「あんないい女、とてもじゃないけどあんたにゃ勿体ねェよ」 あの、非の打ち所のない自慢の姉が、なぜこいつを選ぶのだろう。 言い返してもこない土方に、音を立てて壁を蹴った。安普請の道場の、梁までがびりびりと震える。 もうすぐ部の連中がやってくる。早くこいつのことを頭から追い出してしまいたい。 壁時計の秒針がコチコチと、やけに響いて聞こえた。 080225 |