アヲハルスタンドバイ・7


遠くから背中を見つけて駆け寄る。


引退試合が済んでも、毎日のように顔を出していたのに。テストを挟んで一週間以上見ないから、部員のみんなも寂しがっている。

そんなことを言い募ろうとして駆け寄って、
肩を並べて覗きこんだら、呆けたような表情に一瞬ぎくりとした。

「おお、総悟か」
声をかけあぐねていると、彼はこちらに気づいて自分を呼んだ。
どこかぎこちない笑顔に言い知れない心細さを感じる。何かがいつもと違う、原因を探したら、思わず口をついて言葉が出てしまった。

「今日は一緒じゃないんですね」
誰と、とも聞かなかった。彼は眉を少しだけ寄せた。
「一緒にいないと、そんなに変か」

大きく首を振った。一瞬でも頷きそうになった自分がいやだった。
そんなこと癪だから認めてなんかやりたくないけれど。だってずっとおいかけてきたのは二人分の背中だった。いくら走っても追いつけない、けれど離れずついていきたい背中だった。
そんな自分の葛藤を読んだかのように、近藤は苦笑した。






「総ちゃん」

剣道場の扉を前に鍵を取り出したところで、耳慣れた声に名前を呼ばれた。
「姉さん」
セーラー服の襟をはためかせ、小走りで駆けてきた彼女が、ふう、と息を整える。
それから布袋をこちらへつきだした。
「これ、アンダーシャツ、干したまま忘れて行ったでしょう」
「わぁ、すいやせんわざわざ」
頭をかきながら受け取ると、きょろきょろと辺りを見回して、
「近藤さんは?」
と尋ねる。
「最近部には顔出してませんぜ」
今朝会いやしたけど。そう応えると、彼女は少し声を潜めた。
「ねえ、十四郎さんたち、喧嘩かなにかしているのかしら」

十四郎さんの、そう動く唇の形を見ていたくなくて視線を逸らす。

「元気がないようだから、気になってしまって」

さぁ、と気のない返事を漏らすと、彼女はすまなそうな声を出した。
「総ちゃんなら何か知っているかと思って、ごめんね」

「……そんなに気になるなら」
そんな声を出させてしまった事にすら苛立って、ふてたような唸りが口を衝いて漏れる。

「首に縄でもつけときゃいいでしょうに」
精一杯の皮肉で、そして自分に出来る精一杯の、後押し。
あいつのことは反吐が出るほど気に食わないけれど、彼女のあいつに寄せる想いに気づかないほど阿呆じゃないから。

ちらと顔を伺うと、彼女は目を開いて、それからふわりと微笑んだ。
「いいのよ」
くすくすと鈴を転がすような声と、柔らかな指が頭頂を覆う。

「隣で笑っているのを見られるなら、それで十分なの」

彼女の表情には何の曇りもなくって、自分の濁った感情とまるで対照的に思えて、
唇を、きり、と噛んだ。




「じゃあね、部活がんばって」
足音が遠ざかり、聞こえなくなるまでを見送って、道場の木戸に鍵を差し込む。
鍵を回せばおかしな感触がした。ガタガタとやって、もう一度逆に回す。
なんのことはない、既に鍵は空いていた。戸を引いて、横目で先客を見て、どすんと音を立てて上がり框に防具を置いた。

「立ち聞きたァ趣味が悪いや」
ぺたりと裸足を床板につけて近づく。
「あァ、座り聞きかィ」

視線を床に這わせた土方は、しゃがみこんだままこちらを一瞥もしないでいた。
生気のない横顔に今朝の近藤を思い出して、隣に並んで壁に寄りかかる。

「あんないい女、とてもじゃないけどあんたにゃ勿体ねェよ」

あの、非の打ち所のない自慢の姉が、なぜこいつを選ぶのだろう。
言い返してもこない土方に、音を立てて壁を蹴った。安普請の道場の、梁までがびりびりと震える。
もうすぐ部の連中がやってくる。早くこいつのことを頭から追い出してしまいたい。
壁時計の秒針がコチコチと、やけに響いて聞こえた。




080225