媚を売っても愛されないと思い知って以来、ずっと微笑まずに生きてきた。 親でさえ僕を厭うのに、いったい誰が僕を愛してくれると云うんだろう。 病気で伏せがちの兄以外、誰にも心を許さず、 剣の道だけに打ち込んでいた僕から、あの事故は全てを取り上げてしまった。 真っ暗だった僕の世界に差した、一条の光。 握った手を確かめるように、親指でそっと触れる。 腱の切れた腕を気遣って、かばうように脇に挟んでくれている。 髭の覆う顎をぼんやり見上げると、近藤くんは綺麗な並びの歯をこちらに見せた。 彼は僕に根気よく微笑みかけて、 もう一度竹刀を握ることの楽しさを教えてくれた人。 もう一度僕に、生きる意味を呉れた人。 これ以上の幸せなんて、望むべくもない。 進行方向に視線を戻し、ふう、とため息をもらした。 「最近さ、トシと喋ってないんだ」 彼の口から出た名前に、背筋がぴくりと反応した。気取られていないだろうか。 「なんか、避けられてるみたいで」 気落ちしたような声に、控えめに尋ねた。 「……僕のせいかな」 「いや!」 大きく首を振り、言い募る。 「あいつはそんなことで差別とかしねぇ。ほんとにいいやつなんだ」 自慢のダチなんだぜ、そこで弾んだ言葉がふと途切れた。 「……突然のことで戸惑ってるのかもしんねぇけど、」 口元に手をもっていく。顎を親指でなぞる。真剣なときの彼の仕草。 「一番の友達だから、わかってほしいし、」 この口は無自覚に酷い言葉を紡ぐ。 他人事ながらそう思った。 先日朝、教室ですれ違ったときの、射殺されそうな瞳を思い出す。 彼が近藤くんに寄せる想いが僕と同じ種類のものだという事に、以前から薄々勘付いていた。自覚がないのをいいことに、僕は出し抜いてしまおうと考えた。 近藤くんの優しさにつけこんでいる、という自覚ならある。 これが卑怯だなんて百も承知だ。 それでも今彼の隣を歩くのは僕だ。その事実は胸が潰れてしまいそうなほど甘やかで、打ち寄せる波のような悦びに浸る。 肩をそっと寄せ、頭を軽く預ける。 照れた横顔をこめかみで見て、ほう、と口の中でため息を吐いた。 きっと彼は僕が望めばなんでも与えてくれるだろう。でも本来女好きの彼の嗜好を歪めてしまうのは心苦しい。そんなことまでさせるわけにはいかないと思ってしまう。 欲と恋心の境目がなくなる青年期なら尚のこと、僕らの関係に生々しいものを混ぜてしまいたくない。 この臆病さを、僕は大事にしていたい。 080220 |