アヲハルスタンドバイ・3


媚を売っても愛されないと思い知って以来、ずっと微笑まずに生きてきた。
親でさえ僕を厭うのに、いったい誰が僕を愛してくれると云うんだろう。

病気で伏せがちの兄以外、誰にも心を許さず、
剣の道だけに打ち込んでいた僕から、あの事故は全てを取り上げてしまった。



真っ暗だった僕の世界に差した、一条の光。
握った手を確かめるように、親指でそっと触れる。
腱の切れた腕を気遣って、かばうように脇に挟んでくれている。
髭の覆う顎をぼんやり見上げると、近藤くんは綺麗な並びの歯をこちらに見せた。

彼は僕に根気よく微笑みかけて、
もう一度竹刀を握ることの楽しさを教えてくれた人。
もう一度僕に、生きる意味を呉れた人。


これ以上の幸せなんて、望むべくもない。



進行方向に視線を戻し、ふう、とため息をもらした。
「最近さ、トシと喋ってないんだ」
彼の口から出た名前に、背筋がぴくりと反応した。気取られていないだろうか。
「なんか、避けられてるみたいで」
気落ちしたような声に、控えめに尋ねた。
「……僕のせいかな」
「いや!」
大きく首を振り、言い募る。
「あいつはそんなことで差別とかしねぇ。ほんとにいいやつなんだ」
自慢のダチなんだぜ、そこで弾んだ言葉がふと途切れた。
「……突然のことで戸惑ってるのかもしんねぇけど、」
口元に手をもっていく。顎を親指でなぞる。真剣なときの彼の仕草。
「一番の友達だから、わかってほしいし、」

この口は無自覚に酷い言葉を紡ぐ。
他人事ながらそう思った。


先日朝、教室ですれ違ったときの、射殺されそうな瞳を思い出す。
彼が近藤くんに寄せる想いが僕と同じ種類のものだという事に、以前から薄々勘付いていた。自覚がないのをいいことに、僕は出し抜いてしまおうと考えた。
近藤くんの優しさにつけこんでいる、という自覚ならある。
これが卑怯だなんて百も承知だ。


それでも今彼の隣を歩くのは僕だ。その事実は胸が潰れてしまいそうなほど甘やかで、打ち寄せる波のような悦びに浸る。
肩をそっと寄せ、頭を軽く預ける。
照れた横顔をこめかみで見て、ほう、と口の中でため息を吐いた。


きっと彼は僕が望めばなんでも与えてくれるだろう。でも本来女好きの彼の嗜好を歪めてしまうのは心苦しい。そんなことまでさせるわけにはいかないと思ってしまう。
欲と恋心の境目がなくなる青年期なら尚のこと、僕らの関係に生々しいものを混ぜてしまいたくない。

この臆病さを、僕は大事にしていたい。





080220