アヲハルスタンドバイ・2


「きみのことすきなんだ」

一重の目を少し細めて、はにかんだみたいに笑うのに見とれる。
唇から零れた言葉に、おれは思わず破顔した。

「ほんとか、有難う」
 
なかなか懐かない、気位の高いシャム猫みたいな伊東に、そういわれるのは純粋に嬉しかったから。
けれど彼は残念そうに眉を寄せ、人差し指の関節で眼鏡のフレーム上げた。
「……なんていったらいいのかな」

「え」
困ったように言いよどむので、向かい合って挟んだ机に肘を載せる。
「……そういう意味じゃなくて、」


夕焼けに染まったカーテンがはためく。
風の音と、校庭から届く野球部の掛け声にかき消されそうな言葉。

「君の、特別に、なりたい」

饒舌な彼らしくもない、潰れたような声を追いかける。
もやもやしていた意味が頭のてっぺんでやっと繋がって、ああ、と俺は相槌を打った。
それから、ん?と首をかしげる。だって、ほら、その。

「…俺、男だけど」
発音してみたらずいぶんと間が抜けた問いだった。
彼は大仰に顔を反らし、あさっての方向を睨む。
「、ごめん、気持ち悪かったら」
「んなことねぇよ!」

真っ赤になった耳朶と、身体の前で組んだ手が小刻みに震えているのが見ていられなくて、思わず握りこんだ。握りこんだら冷たくなった指先がひくと跳ねる。

「じゃあ、付き合っちゃう?」

ばっと上げた視線がぶつかると、高潮しきった頬がひきつる。
見開いた瞳がみるみる潤んできて、俺はびっくりして中腰になった。
声をかけあぐねて唸っていると、呆然としたまま声が零れた。
「きみは、いい、のか」




自慢じゃないけれど告白なんかされたことがない。
彼は見目も整っているし、立ち居振る舞いも綺麗だし、よっぽどもてそうなのに、むしろ俺でいいのかと思ってしまう。

君はいいのか、と聞かれて、俺は頷いた。
どれだけ彼が決死の思いで告白してきたのかが伝わったから。
想いを無下にされることがどんなに辛いかわかっているから。

同情、なのかもしれない。偽善といわれても仕方ないのかもしれない。
けれどそれだって情には変わりないのじゃないかと、思う。







教師から赤点のことで呼び出しをくらって一時間。
職員室を後にしたら、もう廊下に人影は殆どなくなっていた。
だいぶ日も傾いてしまっている。俺は早足で下駄箱へ向かった。

「ごめんな、待たせて」
いいや、そんなことは。柱に寄りかかっていた伊東は俺を認めると、文庫本をかばんにしまった。
踵をはきつぶしたスニーカーをひっかけると、連れ立って歩き出す。


クラブ棟とテニス部の練習場の横をすり抜けるのが近道だ。テスト前だからか人気もない。彼は首を竦めてぐるりを見渡し、フェンスの終わるあたりを指した。
「あそこまで」
「ん?」

「手をつないでいいかな」
フレーム越しに目元が赤く染まっている。夕焼けのせいだけじゃないだろう。微笑ましくなって、一も二もなく手を取った。
「おう」

腕を身体の横で大きく揺らしながら、彼の歩幅に合わせてゆっくり歩く。


彼はいつも手を繋ぎたがる。
けれどキスだとか、それ以上のことは決して言いださない。
つきあうというのがどういうことなのか、彼が俺に何を望んでいるのかいまいちわからないのだけれど、おいおいわかればいいと思う。

体温を確かめるように、ぎこちなく握り返してくる。
声がぼそりと呟いた。
「ギリシャ教父のオリゲネス曰く」
「ん?」

「性的特質を与えられた人間の関係は、夜明けと共に終わる長い夜のようなものだ、と」
セイテキトクシツ。
何をいわんとしているのかよくわからなくて、口の中で反復すると、彼は形のよい眉を八の字にした。

「わからなくていいんだ、」

君は。
そう云って伊東は、曖昧に笑う。






080220