「きみのことすきなんだ」 一重の目を少し細めて、はにかんだみたいに笑うのに見とれる。 唇から零れた言葉に、おれは思わず破顔した。 「ほんとか、有難う」 なかなか懐かない、気位の高いシャム猫みたいな伊東に、そういわれるのは純粋に嬉しかったから。 けれど彼は残念そうに眉を寄せ、人差し指の関節で眼鏡のフレーム上げた。 「……なんていったらいいのかな」 「え」 困ったように言いよどむので、向かい合って挟んだ机に肘を載せる。 「……そういう意味じゃなくて、」 夕焼けに染まったカーテンがはためく。 風の音と、校庭から届く野球部の掛け声にかき消されそうな言葉。 「君の、特別に、なりたい」 饒舌な彼らしくもない、潰れたような声を追いかける。 もやもやしていた意味が頭のてっぺんでやっと繋がって、ああ、と俺は相槌を打った。 それから、ん?と首をかしげる。だって、ほら、その。 「…俺、男だけど」 発音してみたらずいぶんと間が抜けた問いだった。 彼は大仰に顔を反らし、あさっての方向を睨む。 「、ごめん、気持ち悪かったら」 「んなことねぇよ!」 真っ赤になった耳朶と、身体の前で組んだ手が小刻みに震えているのが見ていられなくて、思わず握りこんだ。握りこんだら冷たくなった指先がひくと跳ねる。 「じゃあ、付き合っちゃう?」 ばっと上げた視線がぶつかると、高潮しきった頬がひきつる。 見開いた瞳がみるみる潤んできて、俺はびっくりして中腰になった。 声をかけあぐねて唸っていると、呆然としたまま声が零れた。 「きみは、いい、のか」 自慢じゃないけれど告白なんかされたことがない。 彼は見目も整っているし、立ち居振る舞いも綺麗だし、よっぽどもてそうなのに、むしろ俺でいいのかと思ってしまう。 君はいいのか、と聞かれて、俺は頷いた。 どれだけ彼が決死の思いで告白してきたのかが伝わったから。 想いを無下にされることがどんなに辛いかわかっているから。 同情、なのかもしれない。偽善といわれても仕方ないのかもしれない。 けれどそれだって情には変わりないのじゃないかと、思う。 教師から赤点のことで呼び出しをくらって一時間。 職員室を後にしたら、もう廊下に人影は殆どなくなっていた。 だいぶ日も傾いてしまっている。俺は早足で下駄箱へ向かった。 「ごめんな、待たせて」 いいや、そんなことは。柱に寄りかかっていた伊東は俺を認めると、文庫本をかばんにしまった。 踵をはきつぶしたスニーカーをひっかけると、連れ立って歩き出す。 クラブ棟とテニス部の練習場の横をすり抜けるのが近道だ。テスト前だからか人気もない。彼は首を竦めてぐるりを見渡し、フェンスの終わるあたりを指した。 「あそこまで」 「ん?」 「手をつないでいいかな」 フレーム越しに目元が赤く染まっている。夕焼けのせいだけじゃないだろう。微笑ましくなって、一も二もなく手を取った。 「おう」 腕を身体の横で大きく揺らしながら、彼の歩幅に合わせてゆっくり歩く。 彼はいつも手を繋ぎたがる。 けれどキスだとか、それ以上のことは決して言いださない。 つきあうというのがどういうことなのか、彼が俺に何を望んでいるのかいまいちわからないのだけれど、おいおいわかればいいと思う。 体温を確かめるように、ぎこちなく握り返してくる。 声がぼそりと呟いた。 「ギリシャ教父のオリゲネス曰く」 「ん?」 「性的特質を与えられた人間の関係は、夜明けと共に終わる長い夜のようなものだ、と」 セイテキトクシツ。 何をいわんとしているのかよくわからなくて、口の中で反復すると、彼は形のよい眉を八の字にした。 「わからなくていいんだ、」 君は。 そう云って伊東は、曖昧に笑う。 080220 |