ミルキージャンク・3


『犯人に告ぐ。あと三分で強行突破する。投降するなら今のうちだ』

ジュラルミンの盾の列の一番先頭でメガホンを握るトシを遠目に、俺はあくびをひとつした。
朝も早くから引っ張り出されてきたけれども、ぱっと見派手なだけで楽に片付きそうなヤマだった。


山崎から手渡された報告書の字面をなぞる。

回天党の分派ということになってはいるが、飽くまで名前だけ。やり口が過激で幹部も手を焼いたらしく、半ば破門のような形で追い出され、今のリーダーを中心に再組織されたばかりのセクト。
まあ活動資金を白昼堂々強盗で調達というあたりでうかがい知れるが、連中頭があまりよろしくないらしく、行員ともめているうちにすぐに包囲されたり、人質も不手際で逃がしてしまったりと、これまでの段取りも散々だった。
にっちもさっちもいかなくなって立てこもり、警官隊と撃ち合いになって現在に至る。行き当たりばったりを画に描いたようなかんじだ。
攘夷がらみということで俺たちの出動要請がかかったが、重火器を持ち出すまでもない。


『あと一分』
トシの声が拡声器越しに響く。

逃走経路も下水道まで既に封鎖してある。向こうの弾薬が尽きるまで待ったっていいのだけれど、これから通勤ラッシュの時間帯だ。道路を塞いだままだと渋滞が起きるのは必至なので、短期決戦で片付けてしまうことにした。

『時間切れだ!』
ガラスを割って閃光弾と催涙弾をぶっこんで、あとはもう力技でどうとでもなる。真選組お得意の荒っぽいやり方だけれど、こんなドンパチにスマートもなにもないと思う。

間もなく手錠をかけられた連中が隊士に引っ立てられてぞろぞろ出てくる。
確保までジャスト60秒。民間・組内共に負傷者は無し。面目躍如といったところだ。


パトカーに凭れて撤収コールをする。後ろでお疲れです、と口々に労うのが聞こえたから肩越しに振り返った。
「おう、やったな」
主犯らしき男を引きつれ、こちらに近づいてくるトシに手を振る。トシは済ました顔で煙草を取りだした。
「ちょろいもんだぜ」

通り抜けるトシの肩の辺りを見送って、ちらと野次馬に余所見をした隙、
「近藤さん!」
遠くから総悟の声が飛んできた。
俺はすぐに振り返ったけれども僅かに時遅く、鋭い衝撃が左の肩甲骨の辺りにどん、と走る。

ぐらついた視界で身体をひねると、手錠をかけられた犯人の血まみれの手が映った。
どうやら懐剣を出して付きたてたらしい。
俺は痛みに呻いて膝を崩した。

「てめぇ…ッ」
雄叫びを上げてトシが斬りかかる。すぐに隊士がわっと取り囲み、場は騒然となった。

山崎に肩を支えられて輪から遠ざかる。
痛みに気が遠くなりそうになりながら、俺は歯を食いしばった。
「俺は大丈夫だから、あいつらに、落ち着けって」
「局長、喋らないで下さい!」

山崎の上ずった声が外耳にわんわん響いた。こめかみがみしりと軋む。








麻酔から冷めると半開きの視界にぼんやりと白っぽいものが映った。何度か瞬きをしながら瞼を持ち上げると、蛍光灯のはめ込まれた殺風景な天井が像を結んだ。
鼻を突く消毒液の匂い。ぎこちなく首を回すと、医者であろう白衣の人と、その後ろに心配そうな顔をしている山崎が見える。
あいつがいない。首をもう百二十度回して、ベッドの反対側に、軽く俯いたトシを見つける。訳もなくほっとした。

担当医を名乗る彼が、手早く経過を話してくれた。簡単な図を書いて説明してくれたところによると、傷は浅くは無かったが、幸い臓器に損傷はなかったらしい。
術後の経過を見て、二週間ほどで退院できるそうだ。
「さすが運がお強い」
揶揄されてばつが悪く、俺は頭を掻いた。

「立てこもりはどうなった」
「はいっ」
山崎の方を向くと、びしりと背が伸びる。
「首謀者都村某を始め犯人グループは全員逮捕しました。地下に潜ってる残党も引っ張れそうです」
「そうか」

医者が軽く咳払いをする。
「ええと、組の医療担当の方は」
「あ、俺です」
「じゃあ詳しい治療と、ケアのお話は別室で」
お大事に、と会釈する医者と、敬礼ひとつよこした山崎は連れ立って出て行った。
まだ麻酔が残っているのか感覚のない背中を庇いながら、そろそろと上体を起こす。
「二週間だって。二日もあれば出てきちまうのにな」
さっきから一言も喋らないトシが気になって、俺はおどけたように云ったが返事は無かった。
気まずい沈黙が訪れる。
そういえば総悟はどうしただろう、口を開こうとしたところでバン、と荒っぽくドアが開いた。


トシの肩がぴくりと動く。射殺せそうな総悟の視線は、まっすぐにトシに向けられていた。
つかつかと革靴の音が響く。

「ふざけんじゃねェ」
至近距離から振り被った拳は思う様トシの頬を捉えた。けたたましい金属音。
パイプ椅子を巻き添えに床に転がったトシに跨って上体を屈め、襟首をつかんで怒鳴る。
「身体を張ってでもこのひとを護るのがてめェの勤めだろ」
声はあいつらしくもなく割れている。トシは一言も返さず揺さぶられるままになっていた。
「それ以外なんも期待なんかしちゃいねェが、」
呑んだ息がひゅうと鳴った。
「それすらできなかったらてめェはゴミ以下だ」
語尾が狭い病室に跳ね返って、少し反響した。
それから訪れる静寂。時計の針がコチコチと刻む。

「総悟、」
呼ぶと掴んでいたトシの襟をだらんと離した。俺の方を振り返り、こわばっていた顔がふっと緩む。
駆け寄ってぎゅうと抱きついてくる。俺は背中をぽんぽんと叩いた。
「俺なら大丈夫だ。頑丈にできてるかんな」
「あたりまえでさ、大丈夫じゃなかったら、」
少し震えた声が途切れながら答える。
「俺はこいつを斬らなきゃ気が済まねェよ」
しゃくりあげるようにひくつく背中が落ち着くまで、俺はずっと撫で続けていた。

目じりを擦り、顔を上げた総悟はもういつもの表情になっていた。
「ゆっくり休んでくだせェ」
すれ違い際に、トシに低く言い捨てたのが聞こえた。
「次はねェぞ」


総悟が出て行った扉が閉まり、足音が遠ざかっても、床に座り込んだトシは起き上がろうとしなかった。
見かねて声をかけようと上体を傾ける。
「…トシ」
「いつものおれなら、絶対怪我なんかさせなかった」
俺が呼ぶのにかぶせて、唸るような声が漏れた。

「あのとき身体が反応しなかった。一瞬出遅れたんだ」
それが命取りになるってのに。掠れすぎて聞き取れないくらいの呟き。

やにわに、がん、と床に拳を突き立てる。
「乳が邪魔だし、身体も重い」
二度、三度と叩きつけるうちに白くなっていくのが痛々しい。
「こんなんじゃ闘えねぇ」

「トシ、」
「いくら夫婦になれたって、」
背中を震わせて、四度、五度。
リノリウムの上で握り締められる手甲には血が滲んでいた。

「あんたを護れないんじゃ、意味がねぇんだ」



071023