靴箱のあたりに永倉を見つけて声を掛ける。 確かあいつ、今日はトシと同じ巡回組だったはずだ。 「あのさ、ちょっと悪いんだけど」 「へい」 「コレ、トシに渡しといてくんない」 永倉は少し驚いたような顔をして封筒を受け取った。 中身は会議の資料。トシのハンコがいる。期日は三日後に迫っている。 「いいッスけど。なんでまた俺に?」 「最近なんかトシに避けられてるみたいでさ。いつもトッシーになっちまうの」 「へェ。やっぱバツが悪いんスかね」 バツが悪い、か。そうなんかなぁ。髭をさすっていると、永倉は封筒で自分の肩を叩きながらぼやいた。 「そういや、ここんとこトッシーの時間が長いような気ィしますね」 隣に居た斉藤も目を交わして、頷く。 「オタクな自分に嫌気がさしてこのまま出てこなくなっちゃったりして」 「おいおい」 永倉に歯を見せられて、俺も曖昧に笑い返した。 午後十一時。 会議が終わって自室に戻ってきたとたんトッシーにまとわりつかれ、俺は相づちも疎かに上着を脱いだ。 「近藤氏、ね、近藤氏」 「んー」 「僕のこと好き?」 「あー」 「あーじゃなくてー」 後ろからのし掛かるトッシーから顔を逸らし、上着を掛けたハンガーを元に戻す。 「そんなこっぱずかしいこと、云えねぇよ」 「そんなこと云わないで」 トッシーはめげずに食い下がってくる。 「ほんとにスキでいてくれるのか不安になるから、」 とてもじゃないがトシとは似つかわしくない口調に、 「云って欲しいでござる」 ちり、と焦げたような痺れが走る。 以前にトシが漏らしていた呟きが、不意に耳の奥ではじけた。 『あれは、根っこのとこでは確かに、俺の中から出てきたもんだ』 もしかしたら俺は、とんでもない思い違いをしているのかも知れない。 耳鳴りがつむじの辺りから降りてきて、こめかみがじんじんする。 出会った頃はもう澄ました顔をしていた。一匹狼で、誰にも恃まず、減らず口ばかりを聞く。 こいつの口から漏れた限りなく幼稚で甘ったるい言葉、 それを云わせている衝動が、トシのものなのだとしたら。 永倉の言葉が脳裏に去来する。 縁起でもない。縁起でもない、けど。 トシが、こいつを通して自分のなかの弱い部分を思い知ったとしたら。俺をこんなふうに慕う気持ちを認めて、それに絶望してしまったら。 もう、あいつと二度と会えなくなってしまったら。 がくりと力が抜けて、俺はその場に膝をついた。 驚いたトッシーが肩を支えて、しゃがみこむ。 「どうしたでござるか」 「トシ」 絞り出した声はみっともなくひしゃげている。 「トシ、どこだ」 消えちまわないでくれ、こんなところで、このまま、 俺を一人にするな。 071001 |