絶対命令局長・中



その晩は副長室で局長と三人、翌日の御前会議の資料の読み合わせをしていた。
退屈そうにボールペンを回していた局長は、
「あっ日付が変わった!」
時計を見上げるなりそう言い放った。
「へ」
つられて見上げれば確かに時計の針は十二時を五分ばかり過ぎている。副長が感慨もなく呟いた。
「ああ、あんたの誕生日だな。おめでとさん」
誕生日パーティはちゃんと今夕行われる手はずになっている。なんだかんだで慕われているこのひとの誕生日は、真選組のカレンダーにも元より印字されていて、一年に一度の祭りとしてどんちゃん騒ぎをするのだ。
「いいから、これだけ片付けちゃいましょう」
オレのせりふも馬耳東風。局長は鼻息も荒く、押入れからなにやらごそごそと持ち出してきた。
「じゃじゃーん」
「なんですかそれは」
広げた風呂敷から出てきたのは、襟もとをファーでトリミングしたトラ柄のマントだった。
「これはな、とっつぁんから貰った天人のグッズなんだ。誕生日のやつがこれを被ると、周囲はそいつの命令を聞くようになるっていうシロモノだ。局長の命令は!絶対!」
この時期まだ暑いであろうそれをまとい、メッキの王冠をかぶってポーズを決める。コスプレにしたって安っぽい。
「ということで、俺はこれからお妙さんのとこに行く!」
「アホか、んなことさせるか」
額に青筋を立てた副長が、片膝を立てて起き上がろうとする。
「トーシ!」
局長が副長を呼ぶや否や、副長の身体がびんと棒のようにまっすぐ伸びた。
「命令です!おすわり!」
言葉に合わせて操り人形のように、どすん、と腰が降りる。
「伏せ!そのまま待て!」
言葉通り、べしゃあと畳に伏した副長は愕然として唸った。
「あ、んだ、これ…」
畳についた肩はぷるぷると震えている。
「近藤勲、本日もって三十路!今夜こそキメてきまぁす!」
スパンと小気味いい音を立てて襖がしまり、スキップで廊下を亘っていく音がする。

「だ、大丈夫、ですか」
おそるおそる覗きこむが、指一本動かせないらしい。そのままのポーズで、副長が地を這うような声を出した。
「山崎、近藤さんが何考えてるか、わかるか」
「えええええと」
「あのマントつけてる限り、あのひとの願いは全部叶うってことだろ。まさかと思うが、あの女に、プロポーズなんて、されよう、もんなら」
しんとした室内に歯ぎしりの音が響く。副長は床に伏した体勢のまま、吠えた。
「総悟おお!」
すぐ後ろの襖が蹴破られる。姿を現した隊長は神妙な声を出した。
「話は聞かせてもらいやした」
いったいどこから聞いてたんだ。怖い。
この二人の、局長の女性関係に於ける団結力たるやちょっと背筋が寒くなるレベルだ。
「近藤さんに気付かれないように妨害しろ。気付かれて命じられたらおわりだからな。山崎ィ!取り説を探せ!」
「はいっ」
わたわたと局長が残して行った風呂敷包みを漁る。銀河共通語の上に、怪しげな地球語に翻訳したラベルが貼られている。
「えーと、『きょうはきみがしゅやくになれるよ…』、」
おもちゃにしてはえげつない。子供向けの簡単な説明書きの横に、小さく印字されている諸注意。人体に危害が及ぶことは命じられません、各星系の法令を遵守してください、等々。
「お、王冠とマントはセットでお使いくださいと書いてあります」
総悟、と再び副長が喉を鳴らした。
「発砲許可も出す。アイテムの破壊が最優先だ。利き腕じゃない方なら全治二週間のレベルまでぶっこぬいても構わん」
「アイ・サー」
今度ごくりと鳴ったのはオレの喉だった。どうか無血で開城できますように。



「だし、まあ、そんな騙し打ちで嫁取りとか道義上もよくないわな……」
「人権問題にもなりかねねえ」
援護の原田隊長たちを引き連れ、沖田隊長と俺はトランシーバー片手にパトカーに乗り込んだ。
高速道路の夜間工事のせいで一般道は混んでいた。サイレンを鳴らしてぶっとばすこと二十分。すまいるの入口の黒服を締め上げると、既に入店してしまっているらしい。
裏口から押し入り、バックヤードで武装をして待機。目立たない私服に着替えた俺が局長の座るボックスに近づいて、突入のタイミングを図る。黒い別珍のカーテンの向こうから照準を定める沖田隊長とアイコンタクトを取った。
姐御との会話を皆で共有できるように、局長の据わるテーブルに集音マイクをそっと近付ける。

「今日はずいぶんけったいな格好ですこと。暑苦しいから近くに寄らないでくださいね」
「わっ、お妙さんに褒めてもらっちゃった!これオシャレですよね!ちょっとカッカするんですけどね!」
局長は緊張しているのか暑いのか、顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「き、今日、俺誕生日なんです」
「あらそうですの。ゴリラにも誕生日ってあるのね」
姐御のせりふを皆まで聞かずに、局長がおもむろに立ち上がった。
まずい。合図を出そうとしたせつな、局長が裏返った声で叫んだ。
「おおおおおおめでとうって!言ってください!」
あまりの大声に、ざわついていた店内が水を打ったように静まり返る。
「お誕生日、おめでとうございます」
姐御はにこやかに笑ってそう言った。
「へ」
オレの口からは変な声が漏れた。
「やったー!!お妙さんにおめでとうって言ってもらっちゃった!!」
局長は手を叩いて飛び跳ねんばかりにはしゃぐ。
バックヤードからドサドサッと音がして、沖田隊長たちがフロア内に雪崩れこんできた。みんな毒気を抜かれ、呆然とした顔をしている。

「おう、お前らも来たか、聞いた?今の!」
喜色満面の局長を前にオレたちは顔を見合わせた。促されるまま、おめでとうございます、と力なく、口々に零す。




120904