意識を取り戻したのは志村家の庭だった。気絶している間に外に引っ張り出されたらしい。眼鏡がないので視界がぼうっとしているが、月明かりで俺の肩を支える山崎の顔は判別できた。山崎ずいぶんでかくなったな。ああ、俺が縮んだのか。 「…てことで、神主さんが旅行から帰ってくるまではしばらく様子を見ようって話になったんですけど」 俺、というか、俺の身体に入った新八くんが、トシとお妙さんを前に必死で説明している。姿かたちは俺なのに、やっぱり喋り方は新八くんだなと思う。 山崎に預けていた体重を戻し、俺は自分の足でふんばった。 「気がつきましたか」 「ウン」 山崎から小声で聞かれて頷く。身体のあちこちが痛むけれど、手当てをしてくれたのか患部には包帯が巻かれているようだし、歩けないほどではない。ごきりと首を回しながら、新八くんのほうへ近づいた。 「新八くん、すまんな」 新八くんは俺に気づくと、俺の姿でねちねち言い出した。 「あ、近藤さん…てか、ほんとですよ!他人の体なんですから好き勝手しないでくださいよ。後遺症でも残ったらどうしてくれんだ」 「何か言うことはない?ゴリラ」 お妙さんにも笑っていない目で笑いかけられ、俺は脊髄反射的にその場で土下座した。 「調子こきましたほんとうに申しわけありませんでした」 ほんとですよ、と唾を吐かんばかりに言う新八くんと、土下座上手いよなぁゴリラも新八も、と背後で失礼な感想を吐く万事屋の残りの二人。 お妙さんは頬に手を添え、困ったわねえ、と首をかしげた。 「こんな新ちゃん気持ち悪いわ」 「ぼ、僕もですか?」 新八くんが驚いたように俺の体であるところの自身を指さすと、ほうとため息を吐く。 「顔を見るだけで殴りたくなってしまうもの」 「あ、姉上えええ」 半泣きの声を出す新八くんに、目にもとまらぬ速さでお妙さんのドロップキックが炸裂する。 「ゴリラの顔で姉上と呼ぶんじゃねえええ」 新八くんがどつかれている隙に、俺はお妙さんの脇の縁側に目をやった。お妙さんと離れたところに座る、トシは口を半開きにして表情がない。俺は足を引きずりながらこそこそ近づいた。 目の前にひらひらと掌をかざす。 「おーい、トシ、大丈夫?」 放心状態だったトシはやっと俺に焦点を合わせると、がっしと俺の手を握った。 「メガネ、お前が……今は近藤さん、なのか」 「あ、ああ」 気圧されてちょっと上体を退く。トシは囁いた。 「……三角の痣、おれの身体のどこにある?」 「左の尻たぶ」 確かめ方がいかにもこいつらしい。即答すればトシの目の色がぎらりと変わった。 衝かれたように立ちあがると、トシは山崎に向かって一声怒鳴った。 「山崎!今すぐその神社について調べろ」 「ええっ、もう夜中ですよ」 「うるせえ、口応えすんな、すぐにだ!」 そして大股で歩き出す。 「ギャーイタイイタイ!引っ張らないでええ」 怪我した腕を握られ悲鳴が漏れる。トシは逆の手で新八くんの襟元を掴み、玄関先まで来ると止めてあったパトカーの後部座席に俺たち二人を押しこんだ。 二人で目を白黒させていると、運転席に乗り込んだトシはこう吠えた。 「現場に案内しろ!」 「い、今からですか?」 ドアがバン、と音を立てて閉まり、エンジンがかかって車体が震えだす。トシは歯ぎしりせんばかりだ。 「こんな状況そのままにしておけるか」 「ちょ、ちょっと待って下さいよ、土方さん」 「その声で土方さんって言うな!」 バックミラー越しに睨まれて、新八くんが身を竦ませる。俺のは自業自得と言え、新八くんは災難だ。可哀想に。 こうなったトシを制止することは俺にもできない。俺と新八くんのナビでパトカーは夜道を走り、神社に着いたときはゆうに丑三つ時だった。 「オラ、降りろ!」 こいつにパクられる容疑者の気持ちが今ならよくわかる。有無を言わせぬ迫力で引っ立てられて、階段をよろよろ登る。 ただでさえお妙さんの攻撃でヒットポイントが黄色いというのに、萎えそうな足に鞭打っててっぺんに着いた頃には、三人とも息が上がりきっていた。普段から持久力のないトシなんか、その場に膝をつきそうな勢いだ。 「ここ、から、落ちたんだな、」 問われて新八くんが応える。 「、うです、」 トシは階段の下を指さし、整わない息でぜいぜいとのたまった。 「ホラ早く、落ちろ、よ」 冗談じゃない!と、新八くんが俺の声で噛みついた。 「よく見てください!気軽に落ちれる高さじゃないでしょ!死ぬでしょこれ!」 「うるさい黙れ!」 ドスの効いたトシの声に怒鳴られて新八くんの肩がびくんと揺れる。 「近藤さんの体に別の人間が入ってるなんざ虫唾が走るんだよ!」 理不尽すぎる当たり方で、新八くんには済まないと思うけれど、トシの余裕のなさも痛々しい。俺は見ていられなくなって会話に割り込んだ。 「トシ、なあ、黙って聞いてたけどさ」 はあ、と肩を落とすと、その所作に見覚えがあるのかトシの顔がふと曇った。 「お前俺の身体と中身と、どっちが大事なの?」 トシの喉から唸りが漏れる。 「んなの、選べる、わけ、」 トシは口ごもって噤んだ。気まずい沈黙が流れる。 張り詰めた空気を壊したのは着信音だった。トシが袂を探って、携帯電話を開く。 「山崎か、なんかわかったか」 俺と新八くんも駆け寄り、トシの顔に耳を近づけて、スピーカーの音を拾った。電話の向こうでは山崎が早口でまくしたてている。 「ああ?縁結び?何の話だ?」 「あ、この神社のことだ!トシ、代わって」 事情がわかるぶん俺が受けた方が早い。トシの手元から携帯電話をひったくるようにして取ると、山崎は焦ったように言った。 「神主さんとやっと電話がつながって聞いたんですけど、それ、半日経っちゃうと戻れなくなるらしいです!」 俺と新八くんの喉から悲鳴が出る。半日って?確か夕方前だったから、ええと。振り仰げば東の空が明るくなっている。 「近藤さん、時間ありませんよ!」 「どどど、どうすれば」 スピーカー越しに山崎がうろたえた声を出した。 「同じタイミングで階段落ちれば……」 「やっぱり?」 俺と新八くんが声をハモらせる。あれ、トシがいない、と気付いた時にはもう遅かった。 社から助走をつけてきたトシの、草履の裏が視界に大映りになったと思ったら、俺と新八くんの体は同時に宙に舞った。 120307 |