SWITCH・6


次に気がついた時には、白みきった空をバックに、ずらりと顔がのぞきこんでいた。一番手前にトシ、総悟、お妙さん、万事屋の連中、あと山崎。
「……う、ぐ」
喉から漏れた声は、聞きなれた自分のものだった。
「も、戻った!」
テンションが一気に上がって身体を起こしたら節々に激痛が走って、いてててて、と呻く。新八くんは少し離れたところで、お妙さんと万事屋の二人に囲まれ介抱されている。
「骨は大丈夫か?」
「ど、どうにか、折れてはないみたいですけど……」
息も絶え絶えにつぶやく、俺よりダメージが大きそうだ。そもそも階段から落ちる前からあちらの身体は既にボロボロになっていたのだから当然だ。
「一応病院行きましょう」
山崎の提案に頷き、俺たちの来たパトカーと後からみんなが追ってきたタクシーに分乗して病院へと向かった。

双方全身の打撲と、新八くんは筋を痛めていたようだが、幸い内臓などに深刻な損傷はなかった。
ギプスだのなんだのはめられて、へとへとになって屯所に着いた頃には昼時だった。



神主が旅行から帰ってきた頃合いを見計らって、話を聞くために新八くんと例の神社を訪れることにした。
着いてくると言って聞かないトシを連れて待ち合わせの鳥居前に行くと、新八くんも銀時とチャイナさんと一緒だった。まあこいつらヒマそうだしな。

社務所を尋ねると袴姿の神主が座敷に通してくれた。神主はよく日に焼けていてサングラスなんか額にかけちゃって南国気分が抜けていない。マカデミアンナッツのチョコレートがお茶受けに出てくるに至って口元がひきつった。
俺と新八くんが先日の一件を切々と訴えるのをひとしきり効くと、神主はふむふむ、と頷いた。
「でも結局ちゃんと戻れたんじゃな。よかったよかった」
他人事のように暢気な神主の口ぶりに若干イラッとしつつ、奥さんが出してくれたお茶をすする。
「この神社は縁結びで有名なんじゃが、あの石段にはふたりの人間がここから落ちて中身が入れ替わった、という言い伝えが代々あってな」
「そんな危ない階段なら、注意書きぐらいどっかにしてくれれば……」
新八くんも口を尖らせる。
「注意書きがあったからってわざわざ階段落ちようってやつはいねえだろ」
万事屋がもっともらしいつっこみを入れてきた。確かにな。
「でも半日経っちゃうと、ほんとに戻れなくなるんですか?」
チョコレートをひとつ摘んで、奥歯でかみ砕きながら尋ねる。
「ああ。そのあとはいくら落ちても戻れなかった」
「へ?」
神主は茶目っけたっぷりに、並びの悪い前歯を見せた。
「我々もそうだからね」
「へ」
「だから、わしと、女房。ここから落ちて入れ替わったんじゃよ」
神主に寄り添った奥さんがにこりと笑う。
「私たちは恋人同士だったからよかったわよね、あなた」
「……」
俺たちはどうコメントを返していいかわからず、互いに顔を見合せた。



「なんだかなぁ」
鳥居の前で万事屋と別れて、駅までの道のりをトシと歩く。竹藪がずっと続く、人通りのない小路だった。
トシはあれからずっと黙って、考え込んでいる様子だ。
隣を歩いていたトシがふと視界から消えたので、振り向けばトシは、俯いてその場に立ち尽くしていた。肩幅ほどに開かれた足は、砂利道を踏みしめている。
「ん、どうした?」
三歩ほど後ろ向きに戻って、トシの顔を覗き込む。
「なあ、近藤さん」
口を開いたトシは、自分の足元を睨んでいる。
「あのとき、あんた、自分の身体と中身とどっちが好きなんだと聞いたよな」
「ああ」
「おれは、」
トシは俺の目をみないまま、喘ぐように言った。
「あんたが好きだ、あんたの声と、身体と、頭と、癖と。みんなまとめてあんただ。だから、あんたじゃないやつがあんたの身体を動かしたり、あんたじゃないやつの身体があんたの言葉でしゃべったりしたら、」
握りしめられた拳が白く、震えている。
「あんたのことを恋しいと思う気持ちがねじれてしまって、どう反応していいかわかんなくなって、」
「トシ、」
歪めた口の端から、裏返りそうな声が漏れる。拳に触れれば、指先は冷たくなっていた。
「おれも自分がばらばらになっちまう」
聞いているのがつらくって、トシの頭を自分の胸に押し付けた。ず、と鼻をすする音がする。
「うん、」
酷なことを聞いてしまったのだと、思い知って俺は目を伏せた。
「そうだよな。すまん」
俺はトシが泣くのがいやだ。そりゃ誰だって、泣いてるのを眺めるのはいい気分じゃないけれど、トシが泣いていると、こいつの、悲しいという気持ちが滝みたいに流れ込んできて、俺まで苦しくなってしまう。
だから泣かないでほしい。泣かせたくないと思う。多分、世界のだれよりも。

ぽんぽんと頭頂部を、撫でるようにさする。俺の顎のあたりでトシの睫毛が瞬いて、それが湿っているのに、つきんと胸が疼く。

器が繋がってるみたいに、感情が流れ込んでくる。
変だよな。身体も心も別々なのにね。



(了)


120317