山崎と別れ、飯を食ったら部屋に戻る。 後ろ手に戸を閉めてほっとした。一人になればもう笑顔を繋いでいなくてもいいからだ。 蛍光灯のヒモをひっぱれば、黄色がかった灯りが毛羽立った畳を照らす。トシが焦がした煙草の跡を、ぽつりぽつりと目で辿れば不意に目頭が熱くなってきた。でも俺に泣く資格なんかない。 だってきっと俺のせいだ。 あいつが俺を忘れたのは、俺があいつに、俺を忘れて欲しいと願ったからだ。 押入れを開けて上段からアルバムを引っ張り出す。古びたものからつい去年のものまで。うっすら積もった埃を手で払う。 捲れば鈍いビニルの音がする。まだ髪を高く結っているトシが、仏頂面でこちらを睨んでいた。 手負いの獣みたいだったトシを道場にひっぱりこんだとき、あいつは余計なお世話だと、放っておけと訴えた。何度も訴えたのに俺はまるで聞く耳もたずに構い倒した。 上京するとき、俺はトシには「着いて来い」とすら言わなかった。それが当たり前だと思っていた。 俺のせいで、あいつのあらゆる可能性は狭められている。いくらだって分岐点が、選択肢があったのに。意識していたにせよ無意識だったにせよ、あいつの逃げ道をひとつずつ潰してきたのは俺だ。 緩慢な動作で二冊目を閉じ、今度は真選組が結成してからのアルバムを手に取る。 体の関係を結んだのはこの頃だったろうか。 大勢で映っているスナップでは、トシはだいたい俺の方を見ている。画面の端のほうにあいつを見つけると、大抵手前でふざけている俺を目で追っているのがわかる。 寝こけている俺の、首元をはだけた写真がある。これはトシが撮ったものだ。前の晩トシのつけた鬱血が鎖骨から下にうっすらと散っている。 この写真が俺のアルバムに挟まっているのを見たとき、悪ふざけをするものだと苦笑いしていた。でもシャッターを切ったときのあいつの気持ちに、俺はちゃんと向き合ってやれなかった。 そう、何よりも俺は、 あいつの願いを叶えてやることができない。 抱いてやることならできる。そんなのは容易い。けれど俺には、あいつと同じだけの大きさであいつを好きになることはできない。あいつみたいに、他のものを全部投げうって見せられない。だって俺にはトシ以外にも大事なものがたくさんあって、あっちを取ったからこっちを捨てる、とかそんな芸当は無理だ。 それはもう頭のつくりがそうなっているんだから仕方がないことなんだと思う。だからあいつは俺を好きでいる限り、いつまでも満たされずに焦がれて苦しまなきゃいけない。 俺は俺を、あいつに独占させてやることができない。 精一杯の言葉を並べてもいつだってその場の付け焼刃で。いつだって疑心暗鬼にさせて、そのたび泣かして誤魔化して、そんなことをもう長いこと繰り返してきた。 俺は、そんなトシを見ているのがかわいそうだと思った。 もし俺とのことも全部なかったことにできたら。リセットして一からやり直せるのなら。いくらだってもっといい出会いができる、恋だってできるだろう。 友達にしても上司にしても恋人にしても、俺はあんまり上等じゃなかった。ごめんな。 眦に盛り上がった水分を感じて、俺はアルバムをばたんと閉じた。鼻を一回だけ啜って。涙を零さないように目をそっと伏せる。 十余年ぶんのあいつ。この印画紙のなかのトシは俺の宝物だ。 トシとの思い出は、残らずみんな覚えている。初めて笑ったときのことも、初めて背中を預けたときのことも。初めて肌を合わせたときのことも、初めてトシが嬉しくて泣くのを見たときも。 打ち合ったり、バカやったり、つかみ合いの喧嘩をしたり。楽しかった。トシといて楽しくないことなんかなかった。 俺がみんな覚えている。忘れない。墓まで大事に持っていく。だから。 俺は、 もうお前のことを解放してやりたいんだ。 111009 |