打ち込まれた瞬間、熱と痛みと充足感で気が遠くなりそうになる。 ちかちかと瞬く視界に眉を寄せ、息を吐きだすことに腐心する。 「トシ、痛いか」 首を振る。 「く、ね、ェよ」 呼気はすぐに乱れてしまって、ちっとも腹に力が入らない。 熱がおれの中で脈を打つ。それだけで前は張りつめて、痛いくらいだ。 遠慮がちに腰が引かれ、ゆるゆると動き出す。 「ひ、」 「…トシ、」 彼も気持ちがいいのか、切羽詰まったような声がおれを呼ぶ。それに身体がどんどんと煽られる。 「あー、あ、ッ、」 快楽だけ追いかけてそれに溺れていられればまだ楽なのに。このひとが時折見せるおれを気遣うような視線にずきりと心臓が痛む。 痛んで痛んで、息も出来ない位なのに、体は追い上げられて今にも爆ぜてしまいそうだ。 こころとからだはとっくのとうに、バラバラになっているのかもしれない。 初めて醜態を晒したあの日のうちに、おれは消えてしまえば良かったんだ。 こんなふうにずるずる、あのひとのやさしさに縋って、犬だってもっと聞き分けがいいはずだ。おれは犬以下だ。 犬以下になってしまったおれは、きっとほんとはあのひとのそばにいる資格なんかもうない。 「どうした、辛いのか」 温かい掌が汗で貼り付いた前髪を掻き上げる。 それだけで詰まりそうになる胸を持て余す。 なんでもないと笑ってみせると、少し困ったように眉尻が下がった。 わかりきったことがまた、痛いほど認識されて、じくじくと心臓が膿み出す。 あんたはおれに恋なんかしていない。 優しいあんたは、欲しいと云えないおれに、全てを寄越してくれようとする。 腕いっぱいのそれは、あんまりにかなしく、とうとく、 手に余る。 それでも。 例え哀れみだって、どんなに惨めだって、 夢にまで見た手が差し伸べられているのを、振り払える奴なんかいるんだろうか? 当たり前だけれどおれの感慨なんかお構いなしに日常はやってきて、いつもと同じだけの速さで過ぎていく。 明るい陽の下であのひとを見ると、ほんとに全部夢だったんじゃないかという気分になる。 数人の隊士を従え、じゃれあいながら門を出て行く近藤さんを眦だけで追いかける。 おれの前では山崎が先程から報告書を読み上げている。気取られないようにすぐに手元の書類に視線を戻した。 「以上です」 いい加減に聞き流すこともできない。身体に染みついた習慣とは厄介なものだ。 山崎から手渡された書類の地図に、赤いペンで丸を付ける。 「ここと、ここ。配置が甘い。組み直せ」 「はい。それから代官町の方ですが、原田さんが退屈だってグチ零してましたよ」 張り込んで一ヶ月動きがない地域。そろそろあちらさんが痺れを切らして尻尾を出そうかというところだ。 「バカ、根比べしてるとこじゃねぇか。監視の目を緩めるなと云っておけ」 「はい」 「なんだ、まだ何かあるのか」 こちらを見据える読めない表情に、不機嫌そうな視線を返してやると、思いの外あっさり山崎は身を退いた。 「…いいえ」 敬礼をひとつして駆けていく後ろ姿を見送って、煙草をポケットから探る。 おれの様子がおかしいことを察する人間なんて、下手に鋭い山崎か、それかあとはもう一人くらいしかいないだろう。 巡回の連中は今し方出て行ってしまったし、交代でひっこんだ奴らは食事中だろう。稽古場の方からざわめきが聞こえるけれど、前庭には人影もまばらだ。 休憩がてら腰を下ろそうと、母屋に沿って裏手に回る。 日陰の縁側には先客がいた。おれを認めて倒していた身体をゆっくり起こす。 「…総悟」 本来ならば胴衣を着て稽古場にいるべき時間のはずだ。何してやがる、と口を開こうとすると一足早く、呆れたような声が飛んできた。 「ひでェ面してやすぜ」 鏡見てこい、とぼやく。隈なんか出来ていないはずだ。無意識に右手が目元に行った。行ったあとではっとする。 「それで取り繕えてるつもりで?」 煙草を掠め、そのまま右手を胸に下ろす。 「…何をだ」 皆まで云わせてェのか、抑揚のない声がさらりと続いた。 「アンタ、近藤さんと寝たろ」 奥歯がきしりと鳴る。 おれだってこんなことになるつもりはなかった。ずっと、それこそ墓場まで持って行く覚悟で、 …覚悟、だなんて、よくいったものだ。あんな、視線一つ、言葉一つで容易く崩れてしまうようなものが、覚悟なんかであるはずがない。 俺がついた短いため息を聞きとがめたように総悟の表情が険しくなった。 「、反吐が出らァ」 そう云って睫を伏せた。酷い言葉を吐いたのに自分の方が傷付いたような貌をしている。 こうしていると本当に彼女とよく似ている。遠い昔に武州に残してきた、彼の姉のことを思い出す。 名をミツバと云った。たおやかな、逆境にあっても花のように笑う女だった。 いつからかおれを慕ってくる彼女を憎からず思った。思ったからこそすげなく突きはなした。手ひどいやり方だとは思ったけれど、子供だった自分にはそんな方法しか選べなかった。否、今のおれでも傷つけないでできたか自信はない。 おれと一緒になっても彼女を幸せにしてやることはできないから。それならば自分のことなど忘れてくれる方がいい。あのころおれを動かしていたものは純粋に相手を思いやる気持ちだった。 もしあの気持ちを、相手の幸せだけを願うことを、恋と呼ぶのだとしたら おれが近藤さんに抱くこの気持ちは恋ですらない。ただのエゴだ。 おれが誰を思い出しているかを察したのか、総悟は真正面からきっ、とおれを睨みつけた。 そうすると彼女の面影は幾分薄れる。 食いしばった歯から呻くような音が漏れた。 「わかってますか、あンたは」 総悟の眼はおれを映して揺れている。 「一番汚ェやり方で俺たちを裏切ったんだ」 おれは相づちも打てずに居竦む。 「姉上と、近藤さんと、組の連中と、…俺とッ」 続く叫びは金切り声みたいになった。 「どんだけ踏みにじれば気が済むんだ!」 肩を怒らせる総悟の呼吸は荒い。 弁明する権利はもちろん、手をかける権利すらおれにはないと思った。その代わり薄く煙を吐き出した。こうしてなんともないふりを装ってやるのがおれに表せる唯一の誠意だと思った。 煙草を支える指が震えていないといい。 一瞥だけくれて、ふと目を逸らす。低く、這うような声が唸った。 「俺はあんたを一生、許さねェよ」 そのまま踵を返す。ざっざっと足元で砂利の音が、やけに大きく聞こえる。 こめかみにびりびりと響く、痛みにほど近い痺れを、おれは目を眇めてやりすごす。 「ああ、」 この痛みにずっと、爪を立てて、 「そうしていてくれ」 いつまでも抉っていて欲しい。 おれはこいつに救いを求めているのだろうか。そうだとしたらおれは三国一の人非人だ。 遠ざかっていく背中はおれの言葉に少しだけ揺れて、けれど振り返ることはなかった。 |