SWITCH・3



顎には髭の違和感。眼鏡ナシでもよく見えるのが変な感じだ。
銀さんと神楽ちゃんに挟まれた自分の後ろ姿を見送り、横を歩く沖田さんの平然とした顔を見て、だんだん不安になってきた。
あのむさくるしい男だらけの集団で、上手くやっていけるんだろうか。彼らを御せるだけの力量なんてとてもじゃないけれど僕には備わっていない。それに忘れがちだけれどあそこ警察なんだった。捕り物も荒っぽいだろうし、拷問とか粛清とかそういう血なまぐさいこともあるんじゃないのか。短期間だとしても、務まるのかなぁ。

「屯所でのこと、色々教えてくださいね」
不安な気持ちでそう声をかければ、
「あー、そうさねえ」
沖田さんは耳をほじりながら生返事を寄越す。全く頼りない。そして僕はあることに思い至って声を潜めた。
「ひ、土方さんにはどう説明するつもりなんですか」
「説明なんかしねえよ」
沖田さんはあっさりと言ってくれた。
「ごまかせ、なりきれ」
「え、えええええ」
無理だ、そんなん絶対無理。メンタル的にもテクニック的にも、もひとつおまけに神経の太さ的にも僕にできるとは思えない。
「大丈夫でィ。アイツ結構アホだから」
にひひ、とチェシャ猫みたいに笑う沖田さんに、僕の胃がキリキリ痛み出した。


真選組の門を前に、ごくりと喉が鳴る。改めて見ると、武装警察、という文字が威圧感満点だ。
履物を脱いでかまちを上がったところで、タイミング悪く一番会いたくない人物とはち合わせた。
「遅かったじゃねえか、何してたんだ」
出会い頭にそう言われて、僕は喉を鳴らした。
「土方さ、んじゃない、トシ、」
助けを求めに横に視線を送ったが、すでに沖田さんの姿はそこになく。土方さんの眉間にしわが寄るのに、僕の頭は瞬間真っ白になった。
「ふ、副長!」
場に飛び込んできたのは山崎さんの声だった。僕を庇うように立ってまくし立てる。
「あの、局長、頭ぶつけたらしくて、軽く記憶障害が出てるみたいなんですっ」
「なんだって、記憶障害?」
僕はその助け舟に思い切り乗っかっていった。
「そ、そうそうっ。健忘症っていうか、そんなかんじっ」
土方さんはこれ以上ないぐらいに眉を寄せて、じりと顔を寄せてくる。
「まさかと思うが、おれのこと忘れたとか言い出さねえよな」
声が地を這い、眼の底がぎらりと光る。本能的に生命の危機を感じて僕は涙目になった。
「わ、わかるわかる!ひじ、じゃなかった、トシを忘れるわけないよ!そのですね、階段から落ちちゃって、それでちょっと混乱が……」
土方さんはじろじろと僕の格好を眺め回し、着物をはたく。
「確かに服が汚れてるな……ここもほつれてる。怪我はないのか、病院には行ったのか」
「あのっ、おいおい、思い出すと思うんで、その、」
僕は頭をフル回転させて、近藤さんの行動体系からありえそうな挙動を探し出した。
「ト、トシ、頼りにしてるぞっ」
そう言って肩を叩けば、土方さんはちょっと目を丸くして、それから俯いてこくりと頷いた。耳元が赤い。それが照れているのだとわかるのに少々の時間を要した。

もじもじしている土方さんを残し、山崎さんに先導されて廊下を早足で歩く。
「し、心臓に悪い……!」
お見事でした、と山崎さんが小さく拍手を送ってくれた。

「電話で聞いたときはびっくりしたけど、ほんとに中身新八くんになっちゃったんだね?」
「そうなんですよ……とんだことになっちゃいました」
僕は初めて味方を得た気分になって、小さく嘆息した。山崎さんに案内してもらって食堂に行ってご飯を食べ、やっと人心地がついた。


ひとまず明日からのことを話し合おうと、近藤さんの私室に移動することになった。
部屋の戸を引いた瞬間、
「な、」
僕は絶句した。

ベビードール姿の土方さんがいたからだ。腕を組んでこちらを一瞥すると、遅かったな、と口を尖らす。
普段の振舞いや物言いから、二人はこういう関係だろうとなんとなく予想はついていたものの、これはきつい。こんなプライベート見せてほしくなかった。
ぱんつももちろん女物で、股間にハートマークの布地が当たっていてそれをレースのリボンが支え腰に回っている。必死で目を下に逸らすけれど、土方さんはずいと視界に割り込んできた。
「えっちしたら脳細胞が活性化して戻るかもしれないだろ」
絶対そんなの関係ない。ただセックスしたいだけだこのひと。
可愛く小首をかしげているつもり、なのかもしれないが三白眼で睨まれてるようにしか見えない怖い。しっかり筋肉も乗った肩をピンクと黒のリボンが頼りなく飾っている。生地は透けてるし、よく見りゃあちこちに刀傷なんかもあって、なんかもう迫力っていうか、あんまりの破壊力に眩暈がしてきた。こんな筆おろし嫌だ!インポになる!
「ちょ、やっ、山崎さんがッ…!!」
肩を竦ませ、必死で身をよじりながら彼の存在をアピールするけれど、土方さんは一向に堪えた様子もない。
「山崎なんかどうでもいいだろ、見せつけてやろうぜ」
首っ玉に腕を回されそうになり、ヒッ、と小さく悲鳴が漏れる。僕は思わずその場にしゃがんで頭をガードして丸くなった。
「あたたた、頭が痛いっ」
「な、何だと?オイ山崎、医者呼べ!」
驚いた土方さんが声を荒げるのを慌てて宥める。
「寝てれば治ります!治るから大丈夫!」
山崎さんと二人で土方さんを部屋から閉め出し、壁越しの説得でやっと言いくるめ、立ち去ったのを確かめて、二人肩を落とした。どっと疲れた。
「ごめんね新八くん…」
山崎さんが謝ることはないと思ったけれど、フォローもしかねて僕は苦笑いを返した。

そのあと山崎さんが、真選組のパンフレットやら資料やらを並べて一通り説明をしてくれた。
当たり前だけれど真選組は幕府の下位組織なんだから、仕組みや規則、運営方針等が体系だって存在する。大まかなところは把握していないとまずい。そのへんちゃらんぽらんでやっている万事屋よりよっぽど覚えなきゃならないことが多そうだった。まず人の顔と名前を一致させるので一苦労だ。
「極力外部の人と顔を合わせなけりゃならない機会は減らすようにするね。避けられない場合はこっちでフォローを。会議なんかはアンチョコ作るし、普段の局長だって資料の半分も理解してるかどうか」
「あ、そういうかんじなんですか……」
ちょっとほっとして胸をなでおろす。スケジュール表を眺めた山崎さんが、ペンの尻で頭を掻いた。
「剣術の腕はどうなってるかな。隊士に稽古つけたりはできそう?」
「うーん、正直わかりませんけど、筋力とかはそのままだろうし、身体から勘が失われてなければ大丈夫かと」
「そうだね、じゃあとりあえず明日朝道場でちょっと僕が相手をするから。様子を見よう」
「すみません」
今後のスケジュールやら主要な隊長さんたちのプロフィールやらを渡され、最後にお風呂に案内してもらった。一汗流すともういい時間だった。


おっさんくさいでしょ、と枕カバーを代えてもらい、落ち着かないながらも布団に入った。土方さん対策もあってしばらくは山崎さんに次の間に控えて休んでもらうことにした。

近藤さんの身体はずいぶん大きいから、気をつけて動かないといろんなものにぶつかってしまう。足がはみ出すので布団の中で多少身体を丸めた。疲れているけれど目が冴えて眠れない。
僕の身体の近藤さんはどうしてるかな。せいぜいが銀さんたちにからかわれたりいびられたりぐらいだろう。僕みたいに命や貞操の危険に晒されているわけでもあるまい。不公平だ。恨みがましく唇をかむ。それにいざとなったら恒道館のほうに帰ればいいわけだし。
そこまで考えて、僕は布団から飛び起きた。
「姉上、そうだ姉上が危ない!」



山崎さんもたたき起し、パトカーを出してもらって道場まで走らせる。
「あのゴリラ、僕の体だから警戒されないと思って絶対なんかよからぬこと考えますよ」
一緒にお風呂に入ろうとか寝ようとか耳かきしてだとか、それぐらいのことはやりかねない。流石に姉上も怪しむとは思うけれど、耳かきぐらいだったら普段からしてもらってるし請けてしまうかも。
山崎さんは耳かきの下りで多少退きながらも、うんざりした声を出した。
「局長なら十中八九よからぬことを考えるね!もうやだこんな上司最低」


道場の門の前に横付けてもらって、僕はパトカーから勢いよく飛び出した。戸口に頭をぶつけそうになりながらくぐる。この身体はほんとに無駄にでっかくて困る。

電気はまだついていて、表玄関の鍵はかかっていなかった。玄関に僕の草履が並んでいるのに背筋が伸びる。案の定近藤さんが来てるんだ。危ない。
「姉上、姉上っ!」
思わず声を荒げて呼ぶと、間もなく廊下に面した今の襖が開いて、浴衣姿の姉上が姿を現した。

「あ、姉上っ」
御無事でよかった!もどかしく草履を脱ぎ、駆け寄ったところで、お面のような笑顔に気づく。
「……」
自分の姿を思い出して僕は急ブレーキをかけた。そうだ、今僕は近藤さんの身体なんだった。
「あっ、ぼ、僕新八です!こんな格好ですけど志村新八なんです、ほんとです!」
土下座せんばかりに頭を下げる。
「そうなの。今はこっちが新ちゃんなのね、ゴリラと中身が入れ替わってしまったの?」
頭上から降ってきた姉上の声は、意外なほど冷静だった。
「そ、そうです!僕の体には今近藤さんが入ってて。何か姉上におかしなことでもしやしないかと心配になって……」
姉上は肩を竦めて、ふうと息をついた。
「中身がゴリラなら納得だわ。さっき帰ってきた新ちゃんが、妙にいやらしい感じでヘラヘラベタベタしてくるから」
あああ、やっぱり。僕が顔を歪めたのと同時に、姉上は居間の戸をガラリと引いて見せた。
「これはおかしな霊にでも憑かれたなと思って意識がなくなるまでどついてみたの」
「ギャアアアアア」
僕の身体はおかしな体勢で血溜まりに沈んでいた。床の間の柱は妙な形にひしゃげ、襖なんかもべしゃべしゃだ。吹っ飛んだ眼鏡は粉砕されていた。
「どうも変だと思ったのよねえ……」
呑気な姉上の声をバックに駆け寄ると、すっかり気絶して白目を剥いている。顔だって二目と見れないほど変形していた。僕の体こんなにしやがってええええ!近藤さん、恨みますよ!


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