SWITCH・2



新八くんの体に入った俺と、俺の体に入った新八くん、という事実を受け止めるのに、みんなゆうに小一時間を要した。
半信半疑の総悟に、俺は最後に寝小便した時のこと、また、新八くんは銀時にエロ本の隠し場所を披露してみせるに至って、やっと一同、これは困ったことになった、という認識になった。五人で額を突き合わせ、あーでもないこーでもないと議論する。
「とりあえず医者?」
「医者行ってどうにかなる問題か?こんな非科学的なこと、信じてくれる?」
「まあ明らかに、現代医学ではどうにもならなさそうですけど」
うーん、と銀時が首をひねった。
「この場所に何か原因があるとか?」
「この場所?」
「縁結びだかなんだか知らんが、霊験あらたかな神社、なんだろ?」
「なるほど」
以前も似たような事例がないか、神社の謂れを尋ねてみるために社務所に戻ったが、神主はi昨日から一週間の南国旅行に行っているとのことで、バイトの女子に困った顔をされただけだった。

「やっぱり事態を再現するしかないんじゃないですかィ」
「再現っていうと?」
「もう一度落ちてみるしか」
半開きの両の掌を身体の前に構えてじりじり迫ってくる総悟に俺と新八くんは悲鳴を上げた。
「いやだ!死んじゃう!」
「今度こそ死にます!」
俺は必死で言い募った。
「い、一週間待ってみよ!神主に聞いてみて、それでもわからなかったら考えよ」
「そうですよ、最終手段にしてください」
新八くんと二人で涙目で縋れば、総悟は銀時にちらと目くばせをする。銀時は腕を組んで鼻を鳴らした。

烏の声にかぶせて、五時の鐘が聞こえ始める。
「で、どっちがどっちの家に帰るんですかィ」
「……!」
そういや考えてなかった。入れ替わったままでしばらく暮らすのならばそこの決断は避けて通れまい。

侃々諤々の末、結局俺が万事屋に、新八くんが屯所に帰ることにした。
お互い不安な気持ちでいっぱいだが、いきなり新八くんの恰好で行って近藤だと名乗っても混乱を招くばかりだろうし、とっつぁんや幕府の上層部には入れ替わっちゃいましたじゃ済まないだろう。できる限りこの事実は伏せておきたい。

総悟には新八くんを補佐してくれるよう頼み、念のために山崎にも電話で事情を説明しておいた。俺の場合はこの二人が事情を知っている手前そこまで困ったことにもなるまい。



万事屋に着くなり、銀時はぽいぽいとブーツを脱ぎ捨てた。
「あーとんだ目に遭った」
「そりゃこっちのセリフだよ!」
一応ひとさまの家な手前、脱いだ靴をそろえながら言い返す。銀時は憎たらしい口調で言った。
「ゴリラに営業妨害されてこんな時間までかかっちゃって」
「そうアル。これは貰っておくアル」
と、チャイナさんがちらりと覗かせたのは例のお守りだ。
「あっ、俺の!いつの間に」
この騒動ですっかり忘れてたけど、ドサクサに紛れてちゃっかりくすねられたらしい。
「迷惑料アル」
そう言い放てば涼しい顔で口笛を吹く。かっぱらいじゃねーか!ほんとどんな教育してんの銀時は。

あきれてものも言えない俺に、チャイナさんの腹の虫が盛大に鳴った。
「銀ちゃん、ハラ減ったアル」
おれも、と頷いた銀時は、俺に向かってウインクをよこした。
「じゃあご飯ゴリラが作ってね!」
「え、何でオレ?」
「今日新八の当番だったアル」
「ええー…」
ほい、とかっぽう着を放って渡され、渋々ながら台所に移動する。炊事は一通りできるけれど、屯所には食堂が併設されているし、最近は台所に立つ機会がなかった。腕鈍ってるかなぁ。とりあえずはメニューを決めないと。かっぽう着を羽織り、冷蔵庫の扉を開けて俺は絶句した。干からびたネギともずく、賞味期限が過ぎた特売の浅漬けしか入っていない。パックの味噌は反対側も底も見えるほどスカスカだった。
「ちょ、ちょっと!冷蔵庫ほぼカラなんですけど」
居間で寝っ転がる二人に訴えるけれど、銀時は鼻をほじるばかり。
「金ねーんだもん仕方ねーだろ。食材買ってきてもいいけどオマエ持ちね」
「お腹空いたアルー。早くー」
チャイナさんが両脚でお行儀悪く、ガタガタと机を揺らす。俺は諦めて無言で台所に帰った。意地でもこれだけで作ってやる。あ、と思い出したように銀時が付け加えた。
「あ、米は八合は炊かないと神楽足りないからな」
「八合?!」
どんだけ食うんだよ!

他人の家のお勝手だとどこに何が入っているかもわからず、あちこち開けながら苦戦した。米は電気釜と土鍋を併用して、炒めるのにはでかい中華鍋を活用する。
醤油だけの焼き飯と漬物、パックの底からこそげとるようにして作ったネギだけの薄い味噌汁、という切ないメニューだ。だって量を気にせず使えるのが醤油しかなかったんだもの。
新八くんの身体は当たり前だけれど俺の体のように筋肉が付いておらず、中華鍋を使っている間に何度も腕が限界を迎えそうになった。

皿を食卓に並べた頃にはすっかり疲労困憊だった。食器を置くや否や銀時もチャイナさんも、いただきますもろくに言わずがっつく。
「ん、まあまあだな」
やれやれとソファに腰掛け、自分の箸を取った途端、鼻先にチャイナさんのどんぶりが突きつけられた。
「おかわり!」
俺は無常を感じながらどんぶりを受け取った。

洗い物も押しつけられ、休む間もなく風呂掃除をさせられ、しかも一番風呂はもらえず、ガス代が勿体ないからと追い炊きも禁じられてぬるくなった湯に浸かる。

真選組だって予算が切り詰められてるから贅沢はできないし風呂もいつだって沸かしたてに入れるわけじゃないけど、でもいくらなんだってこんな扱いは受けたことない。
みんななんだかんだで局長だからって気を使ってくれたし、屯所は居心地良かったなぁ。有難味を噛み締め、湯船につっぷしそうになりながら俺はちょっと泣いた。近眼でぼやけた視界がさらに歪む。
俺の体に入った新八くんは今頃どうしてるかな。総悟だけだと不安だけど山崎もいるし、そこまで酷い扱いはされていないはずだ。
あと気がかりなのはトシだけども。あいつ鋭いようでどっかズレてるから、どうにか誤魔化せるといいんだけど。入れ替わったなんて知れたらどうなることやら!ちょっと想像したくない。
ただバレてないならバレてないで、新八くん(の入ってる、俺の体)に迫ったりしてないだろうな。昨日と一昨日相手したから今日は夜這いに来る可能性は低いけど。山崎にはそのへんも噛んで含めたけども、上手くやり過ごしてくれるといい。
いくらなんでもトシに襲われて筆おろしなんてことになったらトラウマレベルだ。あっでも俺の身体は童貞じゃないからいいのか?いやいやそういう問題じゃないよな……

ちゃんとあったまろうと思ったら長風呂になった。浴衣を羽織り、髪を拭き拭き出てきたら、歯ブラシをくわえたじんべえ姿の銀時が台所の床を顎でしゃくった。
「お前はそこな」
見やれば毛布と二つにたたんだ座布団が置いてある。
「えっなにそれ!布団は?」
「新八はいつもそこで寝てたアルよ」
押入れに腰かけている、チャイナさんがにやにやと意地悪く笑う。

なんだこれ!いつも新八くんはこんな目に遭ってるのか?あんまりだ!
俺は涙目で毛布にくるまった。ごつごつした床板の感触。ううっ、布団で眠りたい。
奴らが寝静まり、いびきが聞こえてくるに至って、俺はあることを思い出してがばと身を起こした。そうだ、新八くんにはほかに帰る家があったじゃないか!

この格好ならお妙さんも警戒しないだろう。ちょ、もしかしてこれすっごい役得なんじゃない?
思い立ったが吉日、俺は草履をつっかけ、音を立てないようにしてこっそり戸を引いた。
思わず鼻息が荒くなる。お妙さん、今いっきまーす!



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