SWITCH・1



「これ、ほんとに上るんですかィ」

見上げるような石段を仰ぎ、自分は思わず眉をひそめた。二百段近くあるというそれは天辺が霞むほど迫力がある。
近藤に付き合ってくれとせがまれてここまでやってきたものの、その目的のくだらなさとこれから自分にかかる労力とを秤にかければ自然と顔が歪む。

「恋愛成就のお守り!効くんだってぇまじで」
はしゃいだ近藤の声に、やれやれといったふうに肩を竦める。この男が言い出したら聞かないのをよく知っている。
この神社のお守りが女学生やらОLの口コミで評判だ、と近藤がどこかから聞きつけてきたのが一昨日。

「あ!トシには内緒にしてね、ね」
そう念を押されると悪戯心も疼くが、自分はひとまず頷いておくことにした。
身体の関係はあるようだけれど近藤は変わらずお妙なりキャバ嬢なりを追っかけまわしている。対する土方は完全に恋人気どりでいちいち不機嫌を露にする。そこの意識の齟齬はどうにも埋まらなさそうなのに、どうやってバランスを取っているのか不可解なところが多すぎる。
面倒くささ半分、興味本位半分というところで、自分はこの上司らのいまいち煮え切らない関係ごとひっくるめて傍観している。

体力馬鹿の近藤もさすがに、天辺まで登り切る頃には息を切らしていた。
「年ですねィ」
そうからかえば、そう思うならもっと労わってよ、と口を尖らせる。
社務所でお守りを買い、近藤が肩をいからせて大げさな柏手を打っているのを横目に眺めていると、後ろから人の声が聞こえて自分は振り返った。

「ん」
階段を上ってくる三人組の顔には見覚えがあった。
「ヒィヒィ、ちょ、タンマぁ、」
一番下で息を切らしているのは銀髪。
「でもさぁ、こんなの、本人が行かなきゃ意味ないよね」
その何段か上を上ってくる眼鏡の少年。
「全くアル。そゆとこものぐさだからダメアル」
一番手前で揺れるのは赤い番傘だ。

「いやでも、僕らは、そういうとこケチって貰えるからおまんま食べれてるわけであって、ですね」

近藤もやっと話し声に気づいたらしく、自分の肩に手を置くと脇からひょいと覗く。
「チャイナさん?」
チャイナは顔を上げると抑揚のない声で近藤を指差した。
「あ、ゴリラ」
「ゴリラじゃないですゥ!」
「どうでもいいわい」
後から本当にどうでもよさそうなメガネのつっこみが入る。
「何だお前ら、お前らも恋愛成就?」
まさかお妙さん狙い?と身を乗り出す近藤に、旦那は顔を思い切りしかめて言った。
「バーカ、仕事だ仕事」

「ここのお守り買ってきてくれって依頼があったんですよ。手数料弾んでくれるっていうんで」
メガネがそう説明すると、近藤はへえ、と顎に手を当て、尤もらしく鬚をさする。
「そういうとこで手間を惜しんでいるようでは成就などできんと思うが」
「おーおー。ゴリラは手間を惜しまないでようやりますなぁえらいですなぁ」
旦那は耳をほじりながら完全に小馬鹿にした口調で言うが、近藤はえへ!そうでしょえらいでしょ!とノーダメージだ。

「とりあえずおれたちは依頼を完遂するのでそこどいて」
社務所に向かった一行は、値段表を見てのけぞった。
「えっ、せんはっぴゃくえんもすんの!?たっけ!」
「ごはんですよが特売で七瓶買える値段ですね」
「小娘のおまじないごときにそんなにかかるアルか!許せないアル!」
ひとしきり憤慨したように吠えたチャイナは、ふと思いついたようにこちらを振り仰ぎ、近藤の手元で目をとめるとものすごくいやらしい顔でニヤリと笑った。
「銀ちゃん、買わなくてもあそこにあるアルよ」
「そうだな、経費も浮くな。おいゴリラくん大人しくそれ置いて帰りなさいよ」
近藤は正当なつっこみをした。
「山賊じゃねえか!」
「お前ら血税から上等な給料もらってんだろ!それは市民に還元した上でもう一個買えよ!」
無茶苦茶な要求をする旦那とチャイナが近藤の手元からお守りをもぎ取ろうとし、もみ合いになる。自分は正直どうでもよかったので傍観に回ったが、この中ではまともな神経をしているメガネが二人を止めにかかった。
「ちょ、いくらなんでも理不尽でしょ!かかった経費はあとで請求できるんですから」
「だからそのぶん水増しできんだろ!せんはっぴゃくえん浮くだろ!」
「アネゴへの迷惑料とかストーカー料でこんぐらい貰ってもいいだロ」
「そう言われるとあの家に住んでる僕にはその正当な権利があるような気もしますけど」
「ちょっと!新八くんどっちの味方?!」
ごちゃごちゃと言い合いをしているうちに、階段の方へとじりじり後退していく。
「ちょ、あぶな、」

あっ、と思った時には、近藤とメガネが体勢を崩した。
「近藤さん!」
「新八!」
口々に叫びながら、自分たちは二人を追って階段をかけ降りた。
足を踏み外した二人が、団子のようにもつれ合いながら転がっていく。弾みがついたのか、そのまま勢いは止まらなかった。
階段の一番下まで落ち切って、倒れこむメガネと近藤の姿があって、頭からさっと血が引いた。

「近藤さん」
そばに膝をついて頭に怪我がないかを確かめる。受け身らしきものは取れていて、見たところ血は出ていないようだけれど何しろこの高さだ。
「だ、大丈夫か」
「生きてるアルか?」
二人を囲んで左右から声をかければ、低い呻き声が漏れた。
「……う」
「新八!」
身体をかばうようにそろそろと起きあがった二人はそれぞれ唸った。

「し、ぬかと、思った、し、新八くん大丈夫か」
「ぼ、僕はどうにか、近藤さんは」
一瞬聞き流そうとして自分は固まった。新八くんと言ったのがメガネ、近藤さんと言ったのが近藤本人だったからだ。
「え?」
「何の遊びだよ」
呆れたような声を出す旦那に、近藤とメガネはお互い顔を見合せて、目を見開いた。お互いの顔と身体をべたべたと触りあっている。
「……僕の体が、」
「俺の、体が」

「何、何なの」
「何のパフォーマンスアルか?」
とりあえず大した怪我もないようでよかった。旦那と肩を竦め合っていると、がばと身を起こしたメガネにいきなり両肩をがしと掴まれた。
「ど、どうしよう総悟!」
訝しくて手を振り払けれど、負けじと顔を寄せてくる。
「なんでィ、馴れ馴れしい」
「違うのォ!俺が近藤勲なのォ!」
涙目になったメガネの情けない表情には確かに見覚えがあった。うろたえて変な声が出る。
「は?」
「そんでこっちが志村新八です!まじです!」
あっちでは近藤、に入ったメガネが旦那とチャイナに縋りついている。
「ベタベタすぎるだろ……」
旦那の茫然とした声が耳を打つ。自分はあまりのことに言葉が出てこない。

「ど、どうしよう……」
ステレオで零されて、近藤の表情なのにメガネの見た目だという違和感。頭は衝撃を受け止めかね、情報処理が上手くできず口を閉じるのも忘れた。



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