ばくばくと鼓動が跳ねて、口から心臓が飛び出そうだ。 おれは自分の部屋のドアを後ろ手に閉める。 汗ばんだ手の中で、彼に渡された下着が丸まっている。握りしめて、うまくできない呼吸を持て余した。 彼は、 変なことはしていない、と言った。ということは、あわよくば『変なこと』をする可能性があったということだ。そんなこと考えても見なかった。 ただ、おれのことを少しでも気にかけて欲しかっただけで、それ以外のことは想定もしていなかったのだけれども。 は、と長く息を吐く。目の前がセロハンをかけたみたいに感光している。 あのひとがこの布きれでいやらしい想像をするんだ、と思ったら、膝ががくんと崩れた。背中をドアにくっつけたままその場に座り込む。 下半身の猛りに身ごと飲み込まれそうになって、おれはもどかしい気持ちでジッパーを開ける。質量の増したそれを下着から引っ張りだせば、開放感にため息が出た。腹につきそうに反り返ったものに、握りしめていたランジェリーをかぶせればサテンの奇妙な肌触りが亀頭に滑り、もういくらももたない。 精を吐き出しても、普通なら訪れるはずの虚脱感の代わりに、茹だるような渦巻くような快楽がいつまでも下半身を痺れさせている。 自慰を覚えたての子供みたいに、ピンクの下着を汚しきるまで、何度もいってしまった。このおかしな浮遊感が何なのか、自分でもよくわからないまま。 それからおれは、意図を持って下着を干し続けた。 通販でいい加減に選んだ下着は多少きつかったけれど、履けなくはなかった。一日履いたそれをざっと手洗いすると、わざと彼の部屋に寄せて、落ちやすいように細工して、ぎりぎりの位置に干しておく。 それが朝になるとなくなっているということが二度ほどあった。風で飛んだのかもしれないし、もしかしたら彼が取ったのかもしれない。そしてあれ以来彼はおれの部屋を訪ねてこない。 きっと、おれが履いた下着が今あのひとの手元にある。もしかしたらあのひとが、それで卑猥な想像をしたり、もしかしたら器官に当てたりするかもしれない。そう考えただけで身体が熱を持ってしまう。 滑稽だとわかっている、けれど自分をいくら惨めに思っても興奮はまるで萎えてくれなかった。 そういえばもう隣の部屋から、女の声は聞こえなくなっていた。 その日は金曜日だった。 JRから私鉄に乗り継ぎ、地元の駅で降りたところで、尻ポケットが震えた。おれの携帯電話を鳴らすのはろくな相手じゃない。億劫に思いながらとりだせば、案の定ディスプレイには志村課長、と出ていた。 「はい、土方です」 通話ボタンを押すと、土方君?と、彼女特有のいぶかしげな声が言った。 「マシンルームの鍵、あなた持って帰っちゃってない?」 おれは自分のポケットを探って、小さく声を上げた。 「あ、」 志村課長は電話の向こうで、はぁ、とわざとらしい溜息をついてみせた。 「所定の位置に戻ってないって、慌てた山崎君から電話があったのよ。何度あなたにメールしても繋がらないからって、今度は上長の私に。出張帰りだっていうのに、煩わせてくれるわね」 「すみません」 嫌味な物言いに眉間を寄せながら、慇懃に謝る。 「今から戻りますんで」 「いいわ、私も今新幹線の駅だから。帰社するついでに鍵、持って行ってあげる」 ターミナル駅まで出てきてやるからそこで受け渡しをしよう、との申し出に、おれには断る理由もなかった。 「・・・・・・すみません」 指定された駅まで戻り、JRの改札を入ったうえで、新幹線の乗り換え口の近くのコーヒー店を目指す。あまりこちらの方には来たことがない。連絡通路からはロータリーが見えた。そう言えば、近藤さんはあのへんのスポーツクラブで働いているのだっけ。いつだか検索してみたことがあるが、新しくて洒落たビルだった。ガラス張りになったほうへとふらふら近寄ろうとすると、 「土方君!」 鋭く声をかけられて振り向いた。果たして出張用のキャリーバッグを携えた志村課長だった。 「人を待たせてるなら、走るとかしてもいいんじゃない?」 ねちねちと嫌味を言われ、うんざりしながらも頭を下げる。今日は完全におれに分が悪い。ひとしきり愚痴ると気がすんだのか、まあいいわ、と腕を組んだ。 「また来週ね」 鍵を受け取ると、志村課長は在来線の方へヒールを鳴らして去って行ってしまった。 110817 |