「お、あった」 ほくほくしながら小脇に抱える。お気に入りの女優の新作。こないだは貸し出し中だったんだよな。 この店には俺と好みのかぶってるやつが三人はいるらしく、タイミングを逃すとすぐに出払ってしまう。 ついでに新着の棚のチェックを終えて、黒いナイロン製ののれんをくぐる。十八禁と大きく書かれた文字を見てしょっぱい気分になった。我に返ったら駄目だ。 毎晩の恋人が右手んなってどれだけ経つだろ。数えるのもいやになる。 がっつけばキモイと言われるしタイミングを見計らっていれば鈍いと言われるし。生来の、思いつめるとちょっとストーカーっぽくなっちゃうところも合わせて、なかなか上手い事いかない。 やわな鍛え方してないし、カラダには自信ある。でも逆にこんだけムキムキだと引くとか言われて合コンでも人気ないし、ひどいときは暑苦しいと言われることも。 ジムのイントラなんかやってると出会いもあるしモテるだろと大学時代の後輩にはからかわれるけれど、これがギラギラした既婚のおばちゃま以外にはほとんど鼻もひっかけられない。いつも集団でベタベタ触ってきて、これ男女逆だったらセクハラですよ。あれ、逆じゃなくてもいけるのかな。酷いよね。 「ただいまー」 誰も応えないとわかっていつつもそう言いながらドアを開ける。手探りでスイッチを入れると黄色みがかった蛍光灯がフローリングの床を照らす。ミニキッチンと一人用の冷蔵庫が右手にしつらえてあって、左手にはユニットバス。その先のガラス戸を開けるとリビング兼寝室。頭上にはちょっとしたロフトがある。ただでさえ手狭なのにばかでかい段ボールが更に床面積を狭めている。学生時代からずっと住んでいたアパートが取り壊しになるってことで、ここには半月前に越してきたばかりだ。まだ荷物も片付け終わっていない。 座卓の上にコンビニと蔦屋のビニール袋を置くと、ごきと鳴る肩を回す。床には脱ぎ散らかされた靴下やタオルが目についたので、まずは溜まった洗濯物を片づけることにした。 コインランドリーが遠い立地なので、洗濯機を引越しのときジムの同僚女性から格安で譲ってもらった。 説明書がないので手探りで洗剤を入れ、全自動のボタンを押す。 居間に戻り、買ってきたコンビニ飯を食べながらテレビをぼんやり見ていると、三十分程度で脱水の終わりを告げる電子音が響いた。はいはいと返事をしながら腰を上げる。 容器を流しでざっと洗いゴミ箱におさめ、洗濯機に向き直る。一応乾燥機能はついているものの電気代を食うと聞いていたので、節電も兼ねて広げて干すことにした。 いくつもハンガーを抱えてベランダに出る。家の裏手にはすぐ立体駐車場が迫っていてなんとなく閉塞感があるけれど、防犯上はいいのかもしれない。 サンダルも買わなきゃいけないな、と思いつつ、物干しざおに手を伸ばせば、コンクリートの地面になにやら落ちているのに気付いた。 「ん」 しゃがんで見やれば所謂女物の下着だった。不思議に思って拾い上げる。 隣のベランダを仰げば物干しざおにピンチハンガーが揺れていた。他にも何枚か下着が干してある。 間には一メートルぐらいの簡単な仕切りがあるだけだ。風かなんかでこっちに落ちてしまったんだと思われる。 待てよ、でも隣の部屋男の一人暮らしだったよな。 ああ、彼女さんのか。いいなあ、お隣イケメンだもんな。羨ましい。確か土方さんて言う。越してきたときに挨拶に行ったきりだけれど、すらっとしてて目は切れ長でいかにもな美形で、口数は少なくて声もちょっと掠れてクールなかんじで、さぞや女にモテるだろうなあという印象。 いつもスーツを着ていないみたいだから、デザインとかアパレルとかそういう系の仕事だろうか。 しかしどうしよう。返しにいこうにも電気はついてないからまだ留守みたいだし。でもこんなん手渡されたら気まずいかな、ポストに入れるだけにしようかな。 ベランダで立ちつくしているのも何なのでひとまず部屋に引き揚げる。 明るい照明の下で下着をまじまじと見ていると、なんだか無駄にドキドキしてきた。 黒いサテンにピンクの繊細なレースがあしらわれていて、前の部分はスケててえっちい。心なしかなんかちょっといい匂いが、ちょ、だめだ、これじゃ変態じゃねえか。いかんいかん。 首をぶるぶる振ったところで、がちゃん、と隣で解錠の音がして、無意識に肩がびくんと跳ねた。背筋が伸びて心臓がばくばく言う。 俺は慌てて下着を握りしめ、玄関に走り出た。 「あのっ」 土方さんの部屋に向かって腹の底から大きく声を出せば、閉めかけていた扉が再び開いて、後ずさりする形で土方さんが姿を見せた。 俺は勢いこんで下着をつきだす。 「あの、これっ」 ベランダに、落ちてて、その。へどもど言えば、土方さんは目を見開く。 「あ、ああ」 土方さんは手渡されたそれをつまんで、くぐもった声で礼を言った。 「す、すまねえ」 「へ、変なことに使ったり、してないんでっ!」 「変な、ことって」 引きつった声で聞き返されて、極度の緊張に煽られる。 「え、いや、オカズにしたり、してないってことで」 こんな弁明なんかしないほうがましだった、と、言った後に後悔した。 あっけに取られたような彼の顔をもう一秒だって見ていたくない。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。 「お、おやすみなさいっ」 俺は直角に頭を下げてそれだけ言い捨てると、逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。 110621 |