いちにち独占局長・中



見回りから二人が戻ったと聞いて、おれはちっとも進んでいなかった書類仕事を放り投げた。
総悟が厠に行った隙を狙い澄まして、入り口の横で待っている近藤さんに近寄っていく。
「おい、近藤さん」
小さく怒鳴るように呼べば、近藤さんは肩を竦めてこちらを向いた。
「お、トシ、何?」
「何?じゃねえよクソ。いつまであのバカのさばらせてんだよ。図に乗ってやりたい放題じゃねえか」
思い切り憎憎しい気持ちをこめて毒づいても、近藤さんはちっとも堪えた様子がない。のんきにぼりぼりと頭をかく。
「だってしょうがないだろー。約束したんだしさ」
「肩車までしてやったって話じゃねえか制服で。人目ってもんがあるだろ!バカにされてんぞ完璧に」
ちなみにこれは尾行に行かせた山崎の情報による。メールを読んで文面だけで卒倒しそうになった。
近藤さんはハハハ、と肩を震わせて、そうそう重かったぜ、などと笑う。
「あいつだってまだ子供なんだよ」
「子供ったって、十八だろ!もう結婚もできんだろ!」
口にしてみればなおのこと、身のうちに不安が生まれる。
「近藤さん!」
会話に割り込んできた声に、おれは咄嗟に口を噤んだ。
お待たせしやした、と、水滴のついた手をぶらぶらさせて厠から出てきた総悟にひっぱられて、近藤さんは手をひらひらと振った。
「あ、うん。じゃあな、トシ」


二人の背中を追いかけようとしたところで、おれは原田に呼び止められた。突き出された書類は経理関係の七面倒くさい内容で、頭を捻って対応している隙に、どっちに行ったか見逃してしまった。多分談話室かどっかだろうと思うけれど、これ以上近藤さん相手に食い下がっても無駄だと思い至り、おれは舌を打った。

ずっと、近藤さんをおれに取られたって思ってるんだ、あいつは。
おれにも引け目がないわけじゃない。近藤さんと出会ったのはあいつのほうが先だった。おれが後から割り込むような形で、居場所も時間も熱も、きっとあいつの取り分まで奪ってしまった。
でもそれはおれが恥も外聞もなしに、手段も選ばずがむしゃらに彼を求めたからであって、あいつはプライドだか良識だかわからないけれどそういったもののせいでそれができなかったわけだから当然の帰結だと思う。とはいえ、どこかでおれにも罪悪感みたいなものがあった。

一日。たった一日と思うけれど、あんなふうに見せ付けるみたいにべったりされて、平静を保てるわけもない。あのひとの一番傍にいるのがおれじゃない、という事実が、それだけで、無条件におれを酷く焦がす。

こうなってみるとあいつが普段、おれに死ね死ねという気持ちもわかる。おれがあいつだったら殺したくもなるだろう、それでもあいつがおれを殺せないのは、きっと今のおれがあいつを殺せないのと同じ理由だ。傍らで近藤さんが笑っているから。そして。
「……くそ、」



夕食も件の体勢で新婚ごっこをやるものだから、あまりに不愉快でおれは背を向けて食った。近藤さんを風呂に誘う総悟のセリフを聞きとがめて、肩がぴんと伸びる。
二人が食堂から出て行くと、おれは残りの飯をかっこんで、やきもきしながら浴場に向かった。脱衣所の扉を開くと、隊士たちの目がこちらに集まる。
「あ、えっと、副長、お時間ずらしたほうが」
遠慮がちに進言してくる隊士をかきわけ、着物をさっさと脱ぐ。
「なんだよ、見られちゃ困るもんでもあるのかよ」
「いや、ええと、その、」
連中は口々にもごもごと言う。
焦燥感に駆られて、湯殿に繋がるサッシの戸を引いて、目に飛び込んできた光景に一瞬頭が真っ白になった。

近藤さんが泡塗れになって総悟の身体を洗ってやっているところだった。下にはご丁寧にマットが敷かれていて、言いたかないけどこれじゃ、その、いやらしいサービスみたいじゃねえか。
「な、な、」
言葉を失くして立ちすくむけれど、当の近藤さんははしゃいだ様子で、わーくすぐってえ、などと無邪気に笑っている。
おれに気づいた近藤さんに、
「トシも混ざるー?」
などと聞かれてはもう毒気も抜けて、ものすごく納得が行かないながらもおれは湯船のほうに移動した。
目を離すわけにも行かずに頬辺りまで湯船に浸かり、鼻からぶくぶくと泡を吐く。
同じく近藤さんたちから目を離せないで居る、洗い場の山崎の背中に低く聞いた。
「オイ山崎、アレどう思う」
山崎はシャンプーボトルをプッシュしながら引き笑いを返してくる。
「やーさすがに異様だと思いますけど」
「じゃあ言って来いよ!隊士に示しがつかないとか、公序良俗に反するとか、いくらでも言い分あんだろ」
「いやですよ俺だって命惜しいですもん!」
おれたちの低い言い争いに口を挟んできたのは永倉だった。
「まあまあ、そんな目くじら立てんなよ。いつものじゃれあいじゃねえか」
肩を叩かれむっとしたけれど、隣の原田にもそうそう、と頷かれた。浴場を見渡すけれど、付き合いの長い連中に限って、別段気にしている様子はない。確かに子供の頃からのあのふたりのべったり具合を見ていれば、あれも延長線上に見えるのかもしれないけれど。
監視の目は一時たりとも緩められない。目を瞠って睨みつけているうちにおれは湯当たりしてしまい、山崎たちに担ぎ出される憂き目に会った。



おれは壁にべったり耳を貼り付けて、近藤さんの部屋の様子を伺う。談話室から引き上げてきて以来、二人でトランプをやっているらしい。ボーン、と遠くから柱時計の音がした。十一時だ。
ふああ、と近藤さんがひとつ欠伸をした。もう寝る?というようなことを問うた近藤さんに、総悟が少し声を張った。
「一緒に寝やしょう」

「だ、」


「だめだだめだだめだ!」
障子を蹴破らんばかりにして部屋に乱入すると、近藤さんはきょとんとした顔つきでこちらを見た。総悟は不敵に笑っている。おれはどもりながら訴えた。
「い、一緒に寝るとか、小学生じゃあるめえし、やめろ!総悟いい加減部屋に戻れ!」
「何ゆってんのよトシ?別にそう珍しいことでもないでしょ」
確かに飲み会のあとは雑魚寝だし、こたつで折り重なって寝ているのもよく目にする。でも、だって。今日のこいつは何するかわからない。おれの第六勘が危険を告げている。
「別に変な意味じゃねーって。何想像してんだか。お前もちょっとは大人にしてなさいよ」
たしなめるように言われて、おれは唇を噛んだ。

「それじゃおやすみなせえ、土方さん」
目の前でばつんと障子が閉まった。総悟の口元が得意げに持ち上がっているのに、おれは言い知れない不安を感じた。


110522