身体の大きい近藤のこと、一つ布団はだいぶ窮屈だったけれど、自分が丸まるようにして近藤の腕の中に入った。そうするとすっぽり近藤の匂いと脈に包まれて、安堵と温かさが胸を満たす。 遠くで聞こえる木々のざわめきが、規則正しい近藤の鼓動と相俟ってじわりじわりと眠りに誘う。うとうとしていると、髪をぽんぽんと大きな掌が撫でた。 「子守唄でも歌おうか、」 そう言われて、すうと頭が冷えた。子ども扱いが厭なわけではない。でも、もう自分は十八になるのだ。もっと近藤の傍に行く術を、自分は知っている。 自分は少し強い声で彼を呼んだ。 「近藤さん、」 「ん?」 「抱いてくれやせんか、」 あいつみたいに。そう搾り出して上目遣いで見やれば、く、と近藤は笑った。さもおかしそうな笑い方だったので、自分はむっとして言った。 「俺は本気ですぜ」 茶化されてはたまらない。昨日今日思いついたことじゃない。何であいつだけが近藤の熱までを独占して当たり前のような顔をしているのか、長らく自分はやりきれなさを感じていた。それは嫉妬という感情に程近い。 「ばかだなあ、総悟は」 そう言うと近藤はぎゅうと自分の身体を抱いた。体温にほだされてしまいそうになって歯を食いしばる。 「お前はトシと張り合ってるんだよな」 「ちが、」 むきになったような声音になるのがもどかしい。せりふは最後まで言い終わらないうちに遮られてしまった。 「ほんとにして欲しいかそうじゃないかぐらい、わかるよ」 そう言われてしまえば、もう返す言葉も無い。 ボーン、と、母屋のほうから柱時計の音がする。 「ほら、日付が変わったぞ」 顎を持ち上げられ、額がつくぐらいに近くで、近藤は歯を見せて破顔した。 「誕生日、おめでとう」 その晩は夢を見た。 自分は縁側に腰掛けている。随分広いように見えるけれど屯所の庭だろうか。季節は多分春で、さやさやと気持ちのいい風が頬をくすぐっていく。 池の手前では近藤が伸びをしている。目が合うと笑いかけられたので自分もはにかんだ。 ふと見やれば、近藤の足元に不自然に長い影が出来ている。自分のものや植え込みの陰と見比べるけれど明らかに濃く長い。 それはどうしたんですか、と問うと、近藤は、これはこういうもんだ、と答えにならないようなことを言う。 一度気になるとその影法師は、近藤がどこに行くにも着いてきているとわかった。 濃く長く、彼の足元に忍び寄るようなそれは、自分の目には近藤と酷く不釣合いに見えた。鷹揚で屈託のない彼の、柔らかな輪郭と比べてそれはあまりに黒く、輪郭は鋭く、禍々しさすら感じられるのだ。 自分はそれが気に入らなくて、近藤の寝ている隙にそっと影法師を隠した。 翌朝近藤は影をほうぼうに探していた。足元にはもうなにもない。自分は満足して近藤の傍に近寄る。近藤は眉を八の字にして自分に尋ねる。 『総悟、おれの影を知らないか』 知らないけれど、そのほうがいい、と自分は答える。そうか、と近藤は言って、少し困ったように笑った。 『でもあれがないと、ここにはいられねえんだ』 不思議に思ってなぜかと聞くと、近藤の身体がふわりと宙に浮いた。 『糸の切れた風船みたいに、飛んでっちまうんだよ』 そのままぐんぐんと上っていってしまう。残念そうに手を振られて愕然とした。 『じゃあな、総悟』 自分は慌てて隠していた影を引っ張り出してきて、近藤の足元に結びつけた。そうすれば近藤の足は引きずられるようにじりじりと地面に下りて来た。 自分は嘆息して近藤に抱きついた。もう、飛んで行きませんか。そう問えば、近藤は、どこにもいかないよ、と答えた。視線を落とせば近藤と自分の影は混ざって判別がつかず、ああこれでいいのだと思った。思って目を伏せた。 目覚ましの電子音で目が覚めても、近藤の体温は変わらずあって、ふふ、と笑いを漏らす。 ごう、と響く、近藤のいびきを妨げたくなくて、そっと枕もとのアラームを止めた。布団から半身を起こすと、ぶくしゅ、とくしゃみの音がすぐに近くで聞こえたので、寝巻きの裾をさばいて立ち上がる。 障子を引けば案の定。毛布に包まっている土方を見下ろして鼻白む。目の下に酷い隈ができている。 「……一晩じゅうそこにいたんで?」 「ち、ちげ、これは、」 何が違うんだか。自分は肩を竦めて、それでも嫌味のひとつも言ってやりたくなった。 「激しかったですよぉ、昨日は」 しれっと言ってくるりと背を向けて、洗面所のほうへと向かう。 「なんだと?!ちょ、待て、総悟!」 後ろで土方が引きつった声を出すのに、見えないように舌を出した。 もう蝉の声が聞こえ始めていた。いい日和だ、と日差しに目を眇める。 【了】 110529 +++ のた3さんへ捧ぐー! |