いちにち独占局長・前


「おはようごぜーやす!」
明るい声がいきなり鼓膜を劈き、俺は強制的に覚醒させられた。

「ん、む?」
なんだなんだ、地震か?慌てて半身を起こすと、枕元に総悟がにこにこしながら座っている。

「さーさ起きてくだせえ。早起きは三文の得!」
そう言いながら総悟は、俺の布団を剥ぎ始める。
「へ、今、何時?」
しょぼしょぼ瞬きをしながら、壁にかかっている時計を見るけれどまだ三時半。いくら夏だからって、流石に外はまだ薄暗い。俺は面食らいながら剥ぎ取られていく毛布を掴んだ。
「早起きたって、ちょ、早すぎるだろ、」
総悟は俺の抵抗に介さず毛布を引っ張り、歯を見せてにかっと笑う。
「今日一日近藤さんを独占さしてくれるって、言いましたよね!」

無邪気にそう言われては返す言葉もない。俺は眠い目をこすりながら、どんどん畳まれていく布団に別れを告げた。



なんでこんな状況に至ったかといえば事情がある。
去る七月の一日。談話室のカレンダーをめくって、総悟の誕生日を思い出して。すぐそばに控えていた彼に、何か欲しいものない?と尋ねたところ、こういう答えが返ってきた。
曰く、近藤さんを一日独りじめさせてくだせぇ。と。

ちなみに総悟のプレゼントは毎年毎年、ハードルが高い。
ものすごく値段が高かったり、もしくはものすごく手に入れるのが難しかったり。どうしても無理で泣きついて、グレードを下げてもらったことも一度や二度じゃない。
だから今回の要望は総悟にしては謙虚に聞こえて、それならお安い御用だと一も二もなく承諾した。まあこうやって叩き起こされたところで、それぐらいならばなんということもない。


それから朝飯前に数時間、早朝稽古に付き合わされた。ふたりっきりで気のすむまで打ち合いするなんて、確かにここ数年機会がなかったかもしれない。鋭くスピードのある太刀筋は昔と変わっていないが、まだ俺のほうが勝っていた重さもだんだん追い上げられてきているなと感じた。天才と言われるこいつの剣だけれど、その背後には日々のたゆまぬ努力があるのを知っている。だからこその伸びしろなのだろうと思う。
まともにやりあったら勝てるかちょっと自信がないぐらいだが、正面からぶつかってくる総悟の剣には余裕もあって、楽しんでいるのがありありと感じられた。
途中で入ってきた隊士たちも、俺たちの手合わせなんて滅多に見れないということで見物に回り、声援や歓声を上げてくれた。新人隊士なんかは目を丸くしていた。きっと勉強にもなっただろう。

たっぷり汗をかいた後はシャワーを浴び、隊服に着替えて、朝飯を食いに食堂に入る。
朝の定食をカウンターで受け取ると、総悟は食堂をぐるりと見まわした。
それからずんずんと、トレイの味噌汁は飽くまで揺らさないように進んでいく。向かっている先にはトシが座っている。俺はあんまり考えもなく、そのあとをひょこひょこついていった。

総悟はトシの隣の席(基本アイツの両隣りに座ろうとする奴は俺以外にいない)にガタンとトレイを置くと、後ろに控えている俺に椅子に座るように促した。
促されるままに腰を下ろすと、総悟はちょいちょいと、椅子を引くようにジェスチャーして見せた。
「ん?おお」
意図も分からないままに従うと、総悟は膝を跨ぐように脚を出し、よいせ、と俺の腿の上に横に座った。

あまりのことに事態を飲み込めずぽかんとしていると、がしゃん、と真横から食器の鳴る音。
見やれば箸を取り落としたトシが総悟を睨んでいる。見る見る上がっていく眉尻が怖い。食堂は水を打ったように静まり返って、刃傷沙汰になりそうなふたりの挙動をおそるおそる見守っている。
「てめぇ、何してやがる」
今にも刀に手をかけそうなトシは丸無視で、総悟は俺の肩に手を回す。
「あーん。近藤さん、食べさしてくだせえ。まずはご飯から」
「お、おう」
言われて俺は、総悟を抱き込むような形で茶碗を取り、一箸すくった。口元に持って行ってやると総悟は素直に口を開け、満足げにもくもくと咀嚼する。

「近藤さん!」
腹に据えかねた、といわんばかりに机を叩かれ、俺は肩をすくめた。
「近藤さん、あんた、何考えてやがる」
歯軋りが聞こえそうなトシの唸り声に、俺は怯んで口早に言い訳をした。
「だ、だってしょうがないだろ。今日は一日総悟の言うこと聞くって約束で」
総悟の誕生日プレゼントのことは事前に一応トシにも伝えたはずだ。
「男と男の約束でさぁ。部外者はすっこんでな」
総悟はしれっとして言うと、俺の膝をぽんぽん叩き、もう一口。と催促する。俺は親鳥か何かか。と思うけど。多分にこれ、トシへの嫌がらせも含まれてんだろな。
俺がもう一口目を運んだ時点で、トシは椅子を倒さんばかりにして席を立ち、マヨネーズの白く残るトレイを置き去りにしたまま大股で食堂から出て行った。

びしゃん、と閉まる食堂の引き戸の音にしょっぱい顔になる。俺は総悟に向き直ると戸の方を箸で指した。
「あ、トシ、行っちゃったよ?」
「へえ。見てますよ」
「降りないの?」
嫌がらせだったのならもうアイツ見てないよ。そう目で訴えるけれど、総悟はきょとんとしながら足をぶらぶらさせるだけだ。
「降りやせん」
はい、次は鮭。口を開けられて、俺は切り身をほぐしてつまんだ。

ほっぺをもぐもぐ動かす、総悟は間近で見ても睫毛は長いし鳶色の目は大きいし、栗色の毛はふわふわしている。ほんとにお人形さんみたいでかわいらしいが、本当にお人形さんサイズだったころを知っているので、それでも随分育ったなと思う。腿に乗せられている脚だって、筋肉がちゃんと乗って、思いのほか軽くはない。トシと比べるとそれでも一回り小さいけれど、少年というにはたたずまいも凛々しいものになってきた。
そうだ明日でもうこいつは十八になるんだものな。


朝食後、朝礼の時も俺とトシの間に総悟が割り込んでいて、事情を知る隊長連中は苦笑いをしていた。トシが俺にまで殺気を放ってくるのをどうにかごまかしつつさっさと切り上げる。

午前は市中見回り。シフトを組みなおして総悟とのペアにした。
梅雨の晴れ間、七月の日差しは眩しくて、湿度を孕んだ熱気がアスファルトから立ち上っている。屯所を出ていくらもいかないうちに、俺は上着を脱いで肩にかけた。蝉の声がうるさい。
「非番にしてやってもよかったのに」
それぐらいならば都合がついたのに、総悟は休みはいらないと断った。
「いいんですよ、どうせあんたと一緒なら遊んでるようなもんじゃないですか」
総悟がそんなことを言うので俺は上擦った声を出した。
「そ、そんなことないでしょ!人聞き悪いこといわないの!めっ!」
待ち行く人たちの視線が気になる。ただでさえ俺たち真選組は評判よくないんだから。
総悟は、いしし、とさもおかしそうに声を出して、俺の脇をすり抜けて数歩前を躍るように歩く。こうやってはしゃいでいるところを見ると、まだまだ子供だ、かわいいなぁと思う。
「あ、近藤さんあれ買ってくだせえ!」
指さされた先にはソフトクリームの旗が出ている。
全く、仮にも勤務中だって言うのに。そう思うけれど、今日はわがままをめいっぱい聞いてやるつもりなので、俺は走り出した総悟の後を追った。

総悟には抹茶のミックス、自分にはいちごのミックス味を買って、二人並んでほおばりながら歩く。この陽気だから、下からすくって早く食べないと溶けてしまう。
少し歩くうちに、通りの向こうから見知った顔の連中がやってきた。
死んだ魚の目をしていた万事屋は、俺の手元で目を留めると獲物を駆るハンターのような目になり、ものすごい速さでこちらに近寄ってきた。
「ゴリラ何食ってるの?いいな、銀さんにも買って!買えよ!買いなさいよ」
チンピラよろしくグイグイ迫ってくるので、思わず腰が退ける。
「やだ!お前に買ってやる義理はない!」
断りながら残りにむしゃぶりつく。俺は大口だからそれでもう殆どなくなってしまった。銀時の顔がこの世の終わりみたいに暗くなる。
「アアア俺のソフトおおお」
「お前のひゃない!」
口中張り付いたアイスの冷気に舌を取られてマヌケな声が出る。アイスを死守した俺は横に目を向けて、総悟とチャイナさんがメンチを切りあっているのに気づいた。

「か、神楽ちゃん、今そのエコバッグ卵入ってるから。こっち渡して」
「ちょ、やめなさいね、こんなとこで喧嘩は」
新八くんとふたりで仲裁に入ると、間もなく総悟はチャイナさんからぷいと顔を背けた。それから俺の脇へと戻り、アイスにかぶりつきながら、いきやしょう、と腕を取る。

いつもだったら引き剥がすだけで一苦労なのに。俺もチャイナさんも新八くんも、一瞬目を丸くした。
あっさりとした態度が面白くなかったのか、チャイナさんにいーと歯を見せられても総悟は、べー、とだけ返してすぐに前へと視線を戻す。
俺と腕を組むと、澄ました顔で得意げに言った。
「今日はてめえなんかに構ってる暇はねーんでさぁ」






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