会議中だというのに土方はどこ吹く風で、退屈そうに下着の通販の雑誌をめくる。座っているのは変わらず近藤の膝元。 今日は胸元の大きく開いたドレスを着ている。てらてらした安っぽい素材に下品なデザイン。頭につけた鳥の羽がふわふわ揺れて時折近藤の頬をくすぐっている。 もう一週間になるけれどずっとこの調子だ。土方に迫られても近藤はきっぱりつっぱねられずにほとんどされるがままになっていて、見ていてイライラするほどだ。ちなみに夜は毎晩夜這いに来るとかで、恐れをなした近藤は自分の部屋に避難してきているので貞操はどうにか護られている。 普段は涼しいツラして常識人ぶっていて、一皮むけばこんなオカマだったのかと呆れる。呆れたけれども、それまでのあれやこれやと照らし合わせるだに、なんとなく納得できる節もあった。 近藤から一番の悪友だの右腕だの言われているうちにそうあらねばならないと自分でがんじがらめになっていたところもあるんじゃないかと思う。それにしても抑圧された人格の裏側でこんなのを育てていたのだとしたらぞっとしない。 自分たちはおよそ近藤の恋路に関しては共犯者だった。いつだって芽は全力で潰し、その一点においてはびっくりするほど馬があった。そしてお互いそ知らぬふりで牽制しあってきた。 ただし自分たちの独占欲の種類は明らかに違うと感じていて、自分のはブラコンのようなもの。土方はいちばん親しい友達を譲りたくないという、小学生じみたものだと理解していたので、こんなふうにあけすけに恋愛感情を示されて目を剥いた。十余年のうちにこじらせてしまっていたのだろう。 自分ならこんなふうにみっともない格好で女の真似をして迫るなんてご免だ。 でも本音を言うなら、自分だって首っ玉にかじりつきたい。ずっと近藤の膝の上にいたい。子供のときみたいにずっと髪を撫でていてほしい。 顔に出したつもりはない。ぼうっと視線をやっていたら、土方は赤い唇を得意げに持ち上げた。 「なんだ、妬いてンのか」 そう訊かれて、自分はふんと鼻を鳴らす。 今日の議題はというと、二日後に迫ったはろうぃんパーティの件だ。土方が豹変してから一週間が過ぎたが一向に元に戻る気配はない。 土方抜きで編成を組みなおすのは手間だし、剣の腕から言ってもこの配置が適任に思われる。侃々諤々の議論の末、近藤は腕を組み、よし、と頷いた。 「トシ、出れるな?その日はその格好のままでいいから」 話を振られて、土方は気だるそうに目を眇める。 「やだ」 「やだじゃない!トシ」 近藤が少し低い声でたしなめると、土方は渋々頷いた。隊長一同は安堵の息を吐く。 トッシーのときのようになっていてはいけないので念のため手合わせをしたが、刀を握らせれば腕は鈍っていなかった。むしろ普段より荒々しいぐらいで、オカマのほうが気性に比例して攻撃性が高いのかもしれない。 会場は中規模のコンサートホールを、座席を撤去して使う。 当日の配備は、将軍の座るステージに対し、向かって正面の階段が自分はじめ一番隊。バックヤードに続く通用口は近藤と二番隊、将軍の脇を土方が固める形だ。 将軍は基本ステージの上を動かないでもらう。機嫌伺にやってくる来客、給仕に目を光らせていればいいという寸法。 開場は十七時。将軍からのお言葉に続き主賓挨拶、その後会場中央に設けられた壇上での出し物が続く。壇に迫るように天井から吊り下げられたばかでかいシャンデリアは七色に輝き、パーティは滞りなく進んでいた。隊士たちは思い思いの仮装をして会場じゅうに散らばっているが、オレンジのバンドを手首に巻いているのが目印だ。 あちこちに芸能人だの財界人だの、あきれるほどごった返している。 「あ、あれ海老ちゃんじゃないですか?」 はしゃいだ声を出すミイラ男の神山の頭をひとつどつき、自分はバイキングのコーナーからかすめてきた串焼きにかぶりついた。 料理は次々と運ばれてくる。壇上からダンサーが退くと歓談タイムになり、宴はたけなわといったところだ。 突如、ガシャン、と何かが落下するような音がして、視界がいきなり暗くなった。 甲高い悲鳴と参加者のどよめきがあちこちからあがる。 「慌てるな、各自持ち場につけ。陽動かもしれん」 近藤のよく通る声が響き、散っていた隊士たちが集まってくる。こういうときに備え腕のバンドには蛍光塗料が塗ってある。 「サイドにも気を払え」 自分の指示に、一番隊はステージへの階段をびっしりと塞ぐ。 間もなく電気系統の故障を告げるアナウンスが流れる。ようやく暗闇に慣れた目で瞬けば、先ほどのはシャンデリアの音だったようだ。壇上に落ちて潰れている。目を凝らして周囲を観察していると、斜め後ろで爆発音がした。 左の通用口、あちらは近藤たちが護っているところだ。身をすくめて振り返る。撃ち込まれたのは発煙弾のようだった。もうもうとした煙が立ち上り、その下から剣戟の音が始まる。闖入者の数は五人、六人か。仮装しているおかげで敵味方の判別はつきやすい。 「お前らは陣形を崩すな」 神山以下に指示をすると、自分は念のため土方の援護をすることに決めた。将軍のほうへ背中を向けながら早足で近寄ると、視界の脇を赤いチャイナドレスが飛び出していった。 次第に晴れていく煙幕の中、鍔を競り合っている近藤に走り寄っていく。 「近藤さん、近藤さん!」 叫びながら近藤と遣り合っている男に、袈裟懸けに斬りかかった。 「ばか、トシ、持ち場を離れるな!」 崩れ落ちる男に、近藤の声が引きつる。 自分は額に手を当ててつぶやいた。 あーあ、やっちまった。 乱闘が落ち着くまでは五分とかからなった。暴漢はみな通用口前で食い止め、全員捕縛した。唯一口を利ける状態の奴がぎゃあぎゃあと名乗りを上げるところを聞くだに、攘夷の中でも学生の過激派だったようだ。会場の職員をつるし上げると、買収されて手引きをしていたということもわかった。 撤収コールがなかったので、出動部隊は着替えを済まし、道場で近藤の帰りを待っていた。日付も変わってから、屯所に戻ってきた近藤の表情は険しいものだった。 「戻ったぞ」 近藤の声に道場内のざわめきははたと止み、整列が始まる。近藤はゆっくり列の前に歩み出て、咳払いをすると顛末を語りだした。 攘夷派の身柄を所轄に引き渡した後、将軍には近藤が頭をすりつけて謝罪をしたそうだ。たまたま側近が席を外していた際の出来事だったこと、入れ違いとはいえ自分が土方のポジションに収まったこと。結果的に大事には至らなかったので将軍は気にしている様子はなく、むしろあまり責めてやるなと口添えまでしてもらったものの、とっつぁんからは大目玉をくらったようだ。 「ひとまず組の進退に関わるような御咎めはなしだ。内々にしてくれるらしい」 長い溜息をひとつ吐くと、自分のほうに顎を向けた。 「総悟、トシは」 「逃げないようにふんじばって置きましたぜぃ」 縛っていたわけではないが監視はしていた。膝を抱えて俯いているのを首根っこをつかんで起こして、近藤に突き出す。 土方は近藤と向き合っても目を合わせようとしない。 「……場所、変えなくても?」 控えめに口を出した山崎に、近藤は首を振る。 「ここでいい。示しがつかん」 近藤は土方の両肩を掴むと、覗きこむようにして言った。 「いいか、俺たちは将軍をお守りする任についているんだ。何より優先すべき人の傍を離れるとは何事だ。お前がしたのは職務放棄だぞ」 土方は反らした顔を歪めて、ぼそぼそと呟く。 「だって、あんたが」 「だってじゃねえ」 近藤の声はそれを強く遮った。厳しい語調だった。 「田舎のしがないごろつきだった俺たちを拾ってくれたのはだれか。その恩に報いるためにも、命張ってお仕えしなきゃなんねえんだ。俺たちがここでこうしておまんま食って、刀ぶん回して生きてられるのは誰のおかげか考えろ。俺たちは一時の感傷で動いていい身分じゃねえんだ。以前のお前は、そこんとこちゃんと弁えてるやつだったよ。芯のとこでもそうだと信じてた」 今のが本性だってんなら。そう前置くと、近藤は嘆息した。 「俺はお前にがっかりしたよ、トシ」 近藤の言葉に土方の目が見開かれるのを、自分は見るともなしに見た。けばけばしい長さの付けまつげが震える。薄く開いた唇は何も告げずに噛み締められた。近藤の手を振り払うと、土方は駆け足で道場を出ていった。 足音が遠ざかると近藤は、しんと静まる隊士たちに向かって言い渡した。 「撤収、マルフタマルハチ。皆、ご苦労だった」 110407 |