レディマヨネーズ・4



 湯あみをしてさっぱりした。ふう、とため息をひとつ吐く。今日は色々と難儀だった。

 風呂場から宿舎棟に向かう廊下で、腕を組む人影に気づいた。
 「どうした、総悟?」
 前まで来ると俺は足をとめた。総悟はどこか傷ついたような目をしていて、それで俺は通り過ぎることができなかった。

 心当たりというほどのこともない。俺は顔を覗きこむようにして訊いた。
 「トシのことか?」
 総悟は頷きもせずにじっと前を睨んでいる。俺が二の句を継ぐ前に、
 「あンたは、」
 総悟は吐き捨てるみたいに言った。
 「何にもわかっちゃいないんですね」
 俺は目を丸くした。口をはさむ間もなく、総悟は身を乗り出して噛みついてくる。
 「俺たちが、みんな忠義とか忠誠とかで刀振るってると思ってんですか、あンたは」
 「……え、」
 総悟は苛立ちを隠そうともしない。こいつにしては珍しく、大きく身振りをして訴える。
 「そんなもんこれっぱかしもありゃしません。俺たちはあんたのために、あんたの護るこの組のためだけに闘ってんだ。いつだってあんたを護りたいんだ、作戦の時は立場をわきまえてるだけ、将軍なんかよりあんたを護りたいよ、いつだって」

 俺は言葉を失くして立ち竦んだ。総悟は平手で、俺の胸板をぐいと押した。おおよそ子供がするような拒絶の仕方だった。だからこそ心臓はずくりと疼く。
 「今回ばっかりはアイツに同情します」
 捨て台詞は小さく、語尾は聞き取れないぐらいだった。総悟の背中が廊下の角に消えるまでを、俺は呆然と見送った。





 廊下にぽつりぽつりと赤いハイヒールが転がっている。拾い集めながら後を辿っていけば、トシは俺の部屋の前でうずくまっていた。夜はまだあまり暖かくもないのに、昼間とおなじノースリーブのチャイナドレスのままだ。

 「トシ、」
 俺の喉はいつの間にかからからになっていた。掠れた声をかけると、背中がびくりと跳ねた。
 「すまん、言い過ぎた、その、」
 裸の肩に触れればひどく冷えていて、俺は思わず手のひらで擦った。うなじしか見えないので、二の腕をそっと掴んで顔を上げさせると、トシはひっくりかえった声で呻いた。
 「ごめ、なさい」
 力任せに擦ったらしく、顔は化粧でぐしゃぐしゃだった。つけ睫毛はとっくに取れて、シャドウとアイラインは一緒になって垂れてパンダみたいになっている。真っ赤にした鼻でずるずるハナを啜っているのが痛々しくて、俺は袖で拭いてやった。
 「追い、出さないで、」
 あれだけふてぶてしかった態度が嘘みたいで、罪悪感に襲われてきりきり胸が痛い。
 「トシ、すまん」
 そんなことするわけねえ。背中を撫でながら宥めれば、嗚咽で弾んでいた肩が丸まる。
 「あんたの傍追い出されたら、どこにも行くとこねえ、」 
 恥も外聞もなく泣きじゃくる、こんなトシを見るのはたぶん初めてで、俺の頭も手を突っ込まれたみたいにぐちゃぐちゃになった。辛い、という感情がダイレクトに伝わってきて息苦しい。
 「ごめん、」
 こんな言葉じゃ何にもならない、そう思いながらも口を衝いて出る。
 「お前の気持ち、考えてやれなくて」
 正面から目を見ていられなくて俯こうとすれば、トシは縋るみたいに俺の袖を握った。
 「アタイのこと、嫌いになった?」
 「ばか、」
 何よりそんなことを言わせた自分がやりきれなくて、手を伸ばしてぎこちなく肩を抱き寄せる。白粉と甘ったるい香水の匂い。
 ぽんぽんと頭を軽く叩いてやれば少し落ち着いたのか、トシは長い息を吐いた。
 「あんたは、」
 「ん」
 深く吐き出す息の合間、とぎれとぎれに訴える。俺はゆっくり言葉を待った。
 「あんたは気付かなかったかもしれないけど。こいつが気付かないふりしてただけで、アタイはこの身体の中にいたんだ、ずっと」
 トシの、中に、こいつが。密着した体温を味わいながら、ゆっくり意味を咀嚼して頷く。
 俺の首筋に顔を埋めていたトシが、ふと顎を引いて少し身体を離した。
 「あンたに、ずっとしたかった、」
 遠慮がちに鼻先が寄り、一瞬だけ唇が重なる。目交いで潤んだ目が瞬いた。
 「この身体が思い通りに動いたら、あんたにキス、いちばんにしたくて、」



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