かわいさあまって・6


真剣を抜いてふりかぶってきた土方の一撃を、寸でのところでかわす。

「ッ、ぶね、」

間合いに入られる前に慌てて体勢を立て直して飛びのく。対峙した土方からは肌がちりちりするほどの怒りが伝わってきた。
やばい。本気で殺る気の目だ。いつだか手合わせした時の、どこか試すような、余裕のあるそれじゃない。
二撃目は低い天井のおかげで剣先が天井に擦れてぶれた。それでも振り下ろした刀は勢いを失わず板張りの床を割る。とっさに構えたものの木刀ではさばきかねる。おれは早々に諦めてそそくさと近藤の後ろに回った。

突如真剣を振り回されて店内は騒然となり、ただごとでない雰囲気に酔いも冷めた客は壁際にへばりつく。お登勢がちょっと、銀時!とがなるけれど、これおれのせいじゃない。おれのせいじゃないよ。

土方はまったく周囲には介さず、らんらんとした目を前髪の下からぎらつかせて、一歩ずつ距離を詰めてくる。おれが張り付く近藤の背中も気持ち汗ばんできた。
「近藤さんどいてそいつ殺せねえ」
「トシだめ!殺さないで!」
なんてこと言い出しやがる。うろたえた近藤のせりふに重ねておれは叫んだ。
「誤解だ!何考えてるか知らんがそれはお前の誤解だ!」


近藤の執り成しがどうにかうまく行き、なだめられた土方が刀を鞘に納める音を聞くまで、おれは腰を引きながら内心冷や冷やしていた。
戦場での斬り合いなら慣れたものだが、情がらみの刃傷沙汰は始末に悪い。女だろうがものすごい馬鹿力を出してきやがるし、切り捨てた手が足を握って離れなかったとか、切り捨てた首が目を見開いたとか、怪談にゃ事欠かない。
痴話喧嘩、それもゴリラの、に巻き込まれて死ぬなんて冗談じゃない。こんな死に方は厭だランキングのトップテン入り間違いなしだ。


近藤は土方を隣のスツールに座らせ、お登勢に水を頼んだ。薦められた水をぐいとあおって、一息で飲み干すと土方は袂で乱暴に口元を拭う。カウンターにグラスを戻すと、がくりと首を垂れた。
おれは近藤よりみっつほど離れた席に避難して、横目でおっかなびっくり成り行きをうかがう。
「帰ろう、」
酔客のざわめきの下、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの音量で、土方は絞り出すみたいに呟いた。
近藤は、ふうん、と口をとがらせる。
「いいの?出てけって言ったのは?」
土方の歯がきし、と鳴る。
「もういい。ここにいて、そいつからちょっかいでも出されたらたまったもんじゃねえ」
おれは慌てて口をはさんだ。
「ほんとやめてよ!その失礼な誤解撤回しろ!おれこんなゴリラとかまじ興味ないし!」
悲鳴に近い声で訴えるけれど、土方はまだ信用ならない、とでもいいたげな剣呑な視線をこちらへ向けてくる。あいつの脳みそどうなってんだ。みんなが自分と同じだと思ってんの。
近藤はちょっと肩をすくめて、飲み残していた自分の、ほぼ氷水だけになったグラスをつまんで揺らす。
「まあ帰ってもいいけどさ。なんか一言ぐらい、聞きたいなぁ。トシの口から」
長く苦い沈黙の後、低い声が這う。
「……俺が、悪、かった、だから、」
ウン、と頷いた近藤は、せりふを全ては待たずに土方の肩を抱きこんだ。
「わかったわかった。帰ろう。な」
よしよし、と土方の背中を撫でる手は優しい。その仕草は子供にするようでもあり、けれど振りほどけないであろう甘さを含んでいる。これがいうなれば近藤の「飴」なんだ。こんな程度しか望めないんだ。

執着させたいんだか、飼いならしたいんだか。その両方なんだろう、きっと。そうやって自分だけしか見えないようにされて誤魔化されて、ぐずぐずになって腐っている土方に同情した、ほんの少しだけ。



倒れた椅子や割れたコップなどの片づけを手伝い、壊れたスツール一脚と床の修理代金はカードを切り。一般客にすみませんでした、と頭を下げてから、二人は連れ立ってのれんをくぐった。

「世話になったな、万事屋」
のれんをくぐったところで、近藤はふり返って手をぴらぴらと振る。ほんとだよ、と吐き捨ててから、おれは顔をしかめてべーと舌を見せた。
「二度とくんな、ゴリラ」

「あ」
ガラと閉まりかけた戸が止まって、再び開く。近藤は首だけつっこんで、ぶしつけにおれを指差した。
「あと前払いした二日分、後で回収に来るかんな」
ちぇ、覚えてたか、ちゃっかりしてやがる。ガラガラと派手に音を立てて戸が閉まって、お前は碌な客連れて来ないね、というお登勢の嫌味に小一時間耐えた。
ああ、あとで山崎から別途成功報酬を請求してやらないとな。




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