かわいさあまって・5



ぐわー、負けた、と近藤が吼えて、続いてケタケタと神楽の笑い声が聞こえる。さっき通りすがった時にダイヤモンドゲームが見えたから、あれで遊んでいるのだろう。ヅラといい、神楽と気が合うってことはよほどオツムが同レベルってことだ。

近藤は最初に断った通り仕事にはちょいちょい出かけているものの、帰ってくるとお父さん然としてメシを食い、風呂に入ってくつろぎ、すっかりおれらの生活に溶け込んでしまっている。
図体がでかいからどうにも転がってると迷惑なんだよね。なんとなくこの家せまくなったような気がする。神楽までとはいかないまでも、飯も遠慮なくガツガツ食べるし。まあ食費は別途新八が取り立てているみたいなので安心だけど。


縛ったジャンプを両手にぶらさげ、家の脇のゴミ捨て場にほうりだして手を払う。払ったところで、ゴミ捨て場のポリバケツの後ろからぬっと人影が出現した。
「ちょっと、旦那」
「わ、びっくりした」
おれは危うくしりもちをつきそうになりながら言った。
「気配消すのやめろよ、オ、オのつくアイツだと思うじゃねえか!」
山崎は悪びれもせずにへらっと笑う。
「わかった、オバケですね」
なにこれ、こいつ超むかつく。
むっとしたおれがそのまま踵を返そうとすると、旦那旦那、まあまあ、となんだか腹の立つ宥め方をされた。
「何、何の用」
不機嫌を隠さずに聞けば、山崎ははぁ、とわかりやすくため息をついて、ちらとこちらを一瞥した。
「日に日にやつれてんですよね、副長」
なんでそれおれに言うの。おれは鼻白んで言った。
「知らねえよ、そんなん」
直接ゴリラに言ったらいいだろ。そう続ければ、山崎は眉尻を下げた。
「いや、局長はわかってると思うんですけど、あのひと、ホラ、ああいうひとだから」
「ああいう?」
「いつもは顔合わしてるうちに副長がどっかで痺れ切らして、食って掛かって、丸め込まれて、一晩経つとなんかこう、有耶無耶になってるのが常なんですけど、」
「はァ」
あいつらの痴話喧嘩の様子なんか知りたくもなかった。自然と口元が歪む。山崎は軽く肩を竦める。
「たいてい局長からは、進んで懐柔策に出ようなんてしませんからねえ」
確かに言われてみれば、アメを与えているところを見たことがないかもしれない。だいたいきりきり舞いをしているのは土方のほうで、近藤はのらりくらりとそれをかわしているように見える。
おれはちょっと考えてから、ぽんと手を打った。

「いくら払う?」
指でマルを作ってみせると、山崎の顔がひくりとひきつった。




ごせんえん。まあこんなもんか。竹コースってとこだな。
ぺらぺらと顔の前にかざしたそれを懐にしまい、こたつでみかんを剥いている彼の隣に膝を落とした。
「ゴーリラくん」

「なんらよ、」
みかんの中身を丸ごと口に放り込んで、もしゃもしゃと咀嚼しながら近藤が振り向く。
「ちょっと飲みにいかね?」
長い咀嚼のあとごくりと嚥下し、近藤は目を丸くした。
「お前と?俺が?へえ、どういう風の吹き回し?」
指差し確認をされて、おれはムカついて早口で続けた。
「うっせーな。来るか、こねーのか。こねーならこねーでいいよ。どうせ下のスナックだけど」
「そだなぁ。最近飲んでないし、行こっかな」
近藤が腰を上げると、こたつに下半身を突っ込んで寝そべっていた神楽が勢いよく上半身を起こす。
「わたしも行くー!」
「お前は留守番!」
神楽なんか連れてったが最後、十倍の出費になること請け合いだ。
「もう遅いでしょ、寝なさい!」
時計を指して押し入れに追いたてる。渋りながらも布団に入ったのを見届けて、おれと近藤は連れ立って階下に移動した。



お登勢の店はめずらしく、他にも何組か客が居た。誰に聞かせたい話でもない。こうしてざわざわしていたほうが好都合だ。
「あっ、あの子かわいい。メイドさん?」
たまを見て目を輝かせる近藤の襟をひっぱって一番奥まった席に座らせる。お妙に言いつけちゃおうかな、とうそぶけば途端に背筋がカチコチに伸びた。
頼んだ焼酎とつまみが無愛想に出てくると、おれは自分のグラスだけ見て聞いた。
「今日で四日目?五日目だっけ」
「さあ。そんぐらいだと思うけど」
あたりめを口に運びながら、人ごとみたいにとぼけていう。
「いいの、あいつ、放っといて」
「いいのもなにも、あいつが出禁てゆうんだもん」
頬を膨らませてかわいこぶったって、全然かわいくねえ。
「俺だって帰りたいよぉ。組のみんなの顔毎日ちゃんと見たい」
はあ、とおれはひとつため息を吐いた。
「身動きとれなくなってるだけなんじゃないの、あいつも」
「そうかなぁ」
どうでもよさそうな相槌に、人ごとながら少し苛立ちが生まれる。
「そろそろ助け舟出してやっても、」
「万事屋」
低く呼ばれて無意識に背筋が伸びた。こちらへ向けた目が、子供に言い聞かせるときみたいに眇められる。
「自分で捨てたものは、自分で拾わなきゃだめだろ?」

「誰かが拾ってくれたりしない。大事なものなら尚のこと、自分で拾わなきゃいけない」
言葉を頭で咀嚼したら、ふいに胸の辺りを熱くもやもやしたものが塞いだ。言い返せないでいると、近藤はグラスを摘んでおれのほうへ軽く掲げた。

「お前、拾えないタイプだろ」
「な、」
なんで、おれの話になるんだ。皆まで言えずに喉でぐうと唸れば、近藤はふにゃりと笑った。
「それでいて、誰より寂しがり。トシにちょっと似てんよな」


なんだそれ、なんでそんなふうにまぜっかえされなきゃならない。頬が赤くなっていくのがわかる。なんで、てめえなんかに、そんなこと。図星をさされて腹も立ったし、それ以上に気恥ずかしくて、近藤の顔が見ていられなくなったおれはがばと俯いた。

「そゆとこ結構かわいいぜ、」

近藤の手が俺の前髪に触れたのと、ガラリと店の戸が開いたのは同時だった。
ひどい殺気にぎしりと振り向いて、あまりのタイミングの悪さにおれは近藤を呪った。深く。



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