かわいさあまって・3



書類をまとめて渡し、ぱんつや肌着の追加など、持ち出してもらいたいものを聞いてメモる。慣れているとはいえなんでオレが業務にも関わらないような、こんなパシリみたいなことしなきゃならないんだ。情けない。

局長と額をつき合わせて確認したけれど、立て込んでいない時期でもあり、とりあえず向こう一週間ほどは大きく調整しなければならないスケジュールはないようだ。
入隊式など組内部での式典があれば、流石に屯所内に入れないと困るけれど、会議やお偉いさんの警護などは現地で集合すればいいので影響はない。あとは大掛かりな作戦でも入らない限りはとくべつ支障もないだろう。

しかし。オレは軽くため息を吐いて見せた。
「どうするつもりなんすか、あれ」
あれ、というのが誰を指すのかは言うまでもない。局長は髭を撫で付けて、んー、と、あまり興味のないテレビを眺めているときのトーンで言った。
「どうしよっかなとは、思ってるよ」
そんな、無責任な。オレはこのひと大丈夫か?と思って、思ったことは顔に出ていたらしい。
「何よそのカオ」
苦虫を噛み潰した表情のままで、聞いたって栓ないと分かりつつも、参考までにと尋ねる。
「喧嘩の原因は何なんですか」
「いやーもう、ちょっとばかばかしくて」
局長はちょっと口元をひきつらせて、へらっと笑う。
「あんたたちの喧嘩なんか大体いつも馬鹿馬鹿しいでしょう」
それもそうか、と頷いて、目を眇めながらぼやいた。
「いやね、あいつがさ、おれとお妙さんどっちが可愛いとか聞くから」
「……はぁ、」
「お妙さん、って言ったらトシ、ブチ切れちゃって」
やばい、想像以上に馬鹿馬鹿しい。オレは全身が脱力していくのに抗えない。そんな質問聞くほうも聞くほうだが、答えるほうも答えるほうだ。

「そんなんわかりきってるのになぁ?」
小首を傾げて同意を求められて、頷くのもちょっと気の毒になった。
この世にはリップサービスというものがある。もうちょっと、嘘でもいいから、優しい言葉をかけてやればいいのにと思う、のだけれど。



局長はオレを階段の下まで送ってくれて、別れ際オレのポケットに手をつっこんできて、お駄賃、と笑った。帰る道すがら探ればサくマのいちごドロップスがふたつ。子供じみてはいるけれど、悪い気はしなくて、ひとつ包装を剥いて口に放り込んだ。
口の中に甘ったるい、ミルクの味が広がる。

オレにだって、他の隊士にだって、いちいち気を回して親身になって。下っ端の顔と名前までちゃんと覚えていて、雑談でもいっぺん喋ったことは忘れない。ちゃちな怪我でも気にかけてくれるし、一緒に笑って一緒に泣いて、腹の底まで見せてくれる。
普段おどけてマヌケなところばかり見せていても、いざというときの結束が強いのはそういう、あのひとがオレたちの中に降らせた地層があるからだ。それを多分信頼と呼ぶ。
それなのに副長に対しては、なんだかどこか様子が違う。
付き合いの長さのせいじゃない。だって沖田隊長や、武州から一緒の原田隊長たちにはちゃんと義理も誠も尽くそうとしている。
見渡してみても副長だけなんだ。たまに、オレたちにだったら絶対にしないようなぞんざいな扱いをしているときがあって、びっくりする。副長への優先順位がやたらと低い。例えばもらいもののお菓子を分けるときとか、数足りないからトシなくていいよねと勝手に振り分けて自分で食べちゃったりする。色恋に関してはもっと露骨で、自分に惚れてることをわかってて女へのお使いさせたり、のろけを聞かせたり。
なんで隣にいる副長にだけ、あのひとはこんなに酷いんだろう。小さくなった飴を奥歯でじゃりと噛めば、今度は甘酸っぱさが鼻腔に抜けた。




「どこ行ってた」

すん、と鼻を鳴らされ、オレは身を竦めた。
「えっと、あの」
「近藤さんのとこだな。ぎゃっつびぃの匂いがする」
なんで分かるの、気持ち悪い!別の意味で震えが走って、オレは一歩後ずさる。
副長はいつもの、むすっとした顔でこちらを見ている。目をそらす様子はない。なのでオレはおどおどしながら口を開いた。
「えっと、所在なんですが、」
せりふも途中で吐き捨てられた。
「知りたくもねえ」
「さ、左様ですか」
これ幸いと場を辞そうとすると、むんずと首根っこが掴まれた。猫の子みたいにぶら下げられて襟元が閉まる。唸りながら必死で気道を確保した。書類がばさりと足元で音を立てる。副長はオレの耳元でドスの効いた声を出した。
「オイ、よもやと思うが」
「なななな、なんでしょう」
「女のとこじゃねぇだろうな?」
そう言った副長の口元は鬼もかくやというほどに歪められている。
「違います違います」
涙目で首を振れば、そうかよ、と掴んでいだ手を払った。払われるがままオレの体は砂壁に叩きつけられて、痛みに呻きながら壁伝いに座り込む。
副長の足音はどすどすと不機嫌そうに去っていく。それを聞きながらオレは、あのひとに同情することなんざなかった、と数刻前の自分を悔やんだ。



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