かわいさあまって・2



なんだかんだうやむやになって、喧嘩の原因も特に追求されずに済んだ。そりゃあもう、あんまりに馬鹿馬鹿しくって、俺だって他人になんて説明したらいいかわからないもの。


事の起こりはそれより数時間前。
トシの部屋に呼び出されて、昨日お妙さんちにストーキングしてて会議をサボったことに対するお説教をくどくどとされて。そのうち痴話喧嘩の様相を呈してきて。そこまではよくある日常だった。
いつもと違ったのは、煮詰まったトシが切った啖呵だった。

「あんた、おれとお妙どっちが可愛いんだよ、」
「お妙さん」
返事はあまり考える暇もなく口からするりと出てきてしまっていた。だってそんなん自明だろ。
瞬けばトシの顔が面白いぐらいに真っ青になっていて、俺はそこにきて、あれ、地雷踏んじゃったかなと思い至る。
口を開く前に、鞘に入ったままの刀が飛んできた。
「あぶなっ、」
すんでのところで避けて上半身を後ろへ倒せば、座布団だの湯飲みだのが矢継ぎ早に飛んでくる。
「いて、いてえって、ちょ、トシ、」
ガードしようと掲げた両腕に、容赦なくガツガツあたる。トシは無言で俯いていて、長い前髪のせいで表情は見えない。見えないけれど想像はつく。
投げるものがなくなったのかしまいにゃ畳をひっくりかえしてきて、ぎゃ、と俺の喉から潰れた声が漏れた。
「待て、トシ、落ち着けって、な、」
視界をふさぐ畳をどけると、トシがポケットに手をつっこんだまま障子を蹴破っているところだった。
障子はひどい音を立てて縁側のほうへと倒れ、肩を少し竦ませた俺に、トシは唸った。
「出てけ」
「へ」
大きく腕を横に切り、建物の外へと追い払うようなジェスチャーをする。
「こっから出てけ!消えろ!」
びりびりと壁が震えそうな怒鳴り声。俺は引き攣り笑いでトシを見上げた。
「じ、」
「冗談じゃねえ。今すぐ出てけ」
「いやだって、そんな、」
「副長命令だ!」
後から考えたら俺のほうが役職は上なわけで、これはおかしいと思うのだが、反射的に体を強張らすと、トシは大股で廊下へと飛び出て行った。そのまま隣の俺の部屋に入っていく。意図が分からず暫し見守っていると、俺の部屋からぽいぽいと着物など、私物が庭に投げ出されていくのが見えた。
「え、わ、ちょっとおおお」
慌てて部屋を覗き込めば、泥棒もかくやといわんばかりに荒らされている。トシは構わず俺めがけて日用品の類を投げつけ、座椅子に当たって俺はしりもちをついた。とどめに箪笥が倒れこんできて、俺はヒィと悲鳴を漏らした。
向き直ったトシは仁王立ちになっている。鬼の形相、とはいえ、荒げた息、紅潮した頬、目元に涙が滲んでいたのは俺の見間違いじゃないだろう。
「顔もみたくねえ。二度と帰ってくんな」
案の定声はひずんでいた。



嘘吐いたって仕方ないし、トシはそこんとこ、俺の性格をよくわかってると思う。まあだからこそあんなふうにキレたわけだが。
それにしたってこんなふうに追い出されるとは思わなかった。長い付き合い、大喧嘩になったことも一度や二度じゃない。殴り合いとか、派手なやつも幾度かしたが、今回みたいに屯所を追い出されたのは初めてだ。
そんなに地雷だったのかなぁ。アレ。別に改めて聞かなくてもわかってるもんだと思ってたよ?普段いつもお妙さんかわいいかわいい言ってるじゃんか。引き換えトシはどっからどうみても「かわいい」って容姿じゃないじゃん。


結局、万事屋に転がり込んだその日は銀時とチャイナさんと三人、こたつでごろ寝することになった。
翌朝はまだ早いうち、ピンポンの音で目が覚めた。俺はむくりと起き上がって、目を擦りながら銀時のどてらを揺する。
「おーい、誰か来たぞ」
「んが、」
「ゴリラが出るアルう」
チャイナさんもぼりぼり腹をかきながら、一向に体を起こそうとしない。
やれやれと肩を竦めて、二度目の攻勢に入ったチャイムに大声で返事をした。
「はーい、今でまーす」


鍵のかかっていない戸を引くと、おはようございます、と一礼したのは見慣れた隊服だった。
一応人の家なので遠慮して、ふたりして玄関先に座り込んだ。マフラーを外した山崎から報告だのスケジュールの変更を聞く。
「どう、屯所のほうは。なんか変わりある?」
「隊長たちは局長不在に気づいてますけど、副長の様子で何があったか察してるようですね。まあいつもの喧嘩に毛が生えたかんじだろうと」
だいたい合ってる。俺は長い息を吐いた。
「まあ根比べってとこかな」
留守を続けたら困るのはお互い様だ。山崎は、あ、と思い出したように手を叩いた。
「ひとつだけありました、変わり」
「ん?」
「今日の朝礼で法度が増えました。局長は副長の許しなしに屯所に入るべからずって」

「……ああ」
俺は天を仰ぎたくなった。さもありなん。


101225