かわいさあまって・1



チャイムが鳴って、尻をぼりぼりをかきながら出ていった銀さんがなかなか戻らない。玄関のほうで何やら聞き覚えのある声が聞こえたので、僕は繕いものを一時中断して腰を上げた。
玄関に面した戸を引けば、腕組みをしている銀さんの向こうに見覚えのあるつんつん頭が見えた。風呂敷包みを背負って、ちょっと背中を丸めている。

「なんでよりによってここなんだよ、ゴリラ」
「いや、面倒かけてよさそうなところって他になかなか思い当らなくて」
「喧嘩売ってやがりますかコノヤロー」
気配に気づいたのか振り向いた銀さんが、耳をほじりながら現状を説明した。
「おー、聞けよ新八。このゴリラがよ、泊まるとこねえからしばらくおれんちに厄介になりたいんだと」
「はぁ?なんでまた」
「ゴリラ臭いのがうつるんですよねえ〜」
わざとらしい小学生レベルの悪態に、まあまあ、と割って入って僕は言った。

「近藤さんの話も聞いてあげましょうよ、」
近藤さんが目を輝かせたのもつかの間、
「で、いくら払いますか」
次のせりふでてきめん顔が歪んだ。



「ええと、そんじゃこんくらいで、」
電卓を見せて交渉を続けた結果、近藤さんに財布を出させることに成功した。とりあえずいつまでいるかわからないというので一週間分を前渡し。やった、これで今月は食費の心配しなくて済む。エンゲル係数高いからな、万事屋。
「ううっ、締まってるなぁ、新八君」
見るからにぺらぺらになった財布を覗き込みながら、近藤さんが悲痛な声を出す。
「寝るのは神楽の下な、押し入れ」
「ええっ、俺押し入れ?!」
テレビにくぎ付けだった神楽ちゃんが、初めてこちらを向いて頬を膨らませた。
「ゴリラの上なんてイヤアル!いびきうるさそうアル」
「金払った以上客なんだからさぁ」
「そうですよ銀さん、せめてこたつにしてあげましょうよ」
助け船を出してやると、銀さんの目の色が変わった。
「えっなにそのベストポジション。おれがこたつがいい」
「銀ちゃんズルイ!わたしもこたつがいい」
どうでもいい。低次元な三人の応酬に、僕は呆れて自分のぶんのお茶だけ淹れなおした。

「しかし、家出ねえ」
ほじった小指の先につけた耳垢を、ふっと吹き飛ばしながら銀さんが言う。
「今頃半狂乱なんじゃねえの、あいつ」
あいつ、と言われて思いついた名前は、すぐに近藤さんの口から出た。
「トシがゆったんだもん」
口先をアヒルみたいにして、拗ねたみたいに言う。
「へ?」
「トシがゆったの、出てけって、俺に」
「まじでか」
「喧嘩して、顔も見たくない、出てけ、帰ってくんなって言われて、行くとこなくって」
ここだったらあいつも毛嫌いしてるし寄り付かないかなと。目を伏せた近藤さんがぽつぽつ説明するのをぽかんとして聞いて、僕たちは顔を見合わせた。

「土方さんがぁ?」
確かに気が短そうだから、売り言葉に買い言葉でそうなるのはわからないでもない。でもそれにしたって、副長が局長を本気で追い出すなんてするだろうか。一応、仮にも、便宜上、上司だぞ。僕が銀さんを追い出すようなもんだぞ。まあ銀さんは素直に追い出されてなんかくれないと思うけどさ。
「ブチキレて俺の部屋入って歯ブラシだのなんだの手当たりしだいに投げつけてきて、最後は箪笥まで蹴りだされたもん。ほんとだもん」
「はぁ」
気の抜けた相槌を打つ。何してそんだけ怒らせたんだか。
仕事とかどうすんだろ。そこまで考えて、普段うちにゴキブリみたいに潜伏していることを思い出す。まあこのひとがいなくても組の仕事は回るわけか。
「仕事ならすんよ」
僕の表情から何か察したのか、近藤さんは頭をかく。
「本丸とか、会議にはこっから出るし。警邏も現場で合流する。連絡取りに隊士が出入りするかもしれないけど、それはよろしく」

頭を下げられて、僕はひとり額に手をやった。なんだかひと揉めありそうな予感がする。あと数万上乗せしときゃよかった。



101215