近藤さんはほんとうに、別人みたいになった。 最初はそうはいっても、と半信半疑だったけれど、一週間経っても態度にぶれはない。 キャバ通いもぴたりとやめて、とっつぁんの接待だってきっぱり断って、夜はまっすぐ屯所に帰ってくる。だいぶ疑って志村家で張り込みまでしたけれど、姿は現さず、メガネからここのところ来ていないという言質が取れただけだった。むしろ行き先を告げずにいなくなったおれを探し回ったのだと後で叱られた。 彼からストーカー行為を引いたらもうかっこいいところしか残らないじゃないか。惚れ直してしまう、とともに、ライバルが増えるんじゃないかとちょっと不安になる。 請われて下っ端に稽古を付けてやっていると、ちょうど見回りから帰ってきたらしい、総悟をひきつれた近藤さんが道場の入り口から声をかけてきた。 「おう、精が出るな」 おれは上機嫌で手招きをする。 「久しぶりに手合わせしようぜ。こいつらの勉強にもなるし」 着替えて来いよ、と促すと、近藤さんはちょっと考えたように顎に手をやって、そうだな、と頷いた。 ほどなくして現れた近藤さんは相変わらず白い道着が良く似合っていた。道場の板間の上ではこのひとの立ち居振る舞いの見事さがいっそう映える。 隊士たちを壁際に並んで座らせ、おれと近藤さんは向き合って一礼をした。始め、の声に打ち合いが始まる。慣れた力強い太刀筋。けれどすぐに違和感に気づいた。剣先をかわすではなく逃げる、ような動きが気になった。演武のように型に合わせただけの、到底実践とは外れたそれ。なにより気迫がちっとも感じられない。 試しに思い切って踏み込み、打ち込んだ上段の一撃は綺麗に決まった。近藤さんはまいった、のジェスチャーをして、すぐに面を取った。 瞬間、頭に血が上って、おれは声を荒げる。 「おい、そういうのやめろよ」 あんなに大仰な振りを防御できないわけがない。手心を加えられたって嬉しくない。 今までどんなときだって、手加減なんかされたことはなかった。それはおれたちが対等であるための前提のようなものだった。 近藤さんはちょっと眉尻を下げると、でも、と言葉を濁した。 「お前を傷つけるようなことをしたくないんだ」 それは違う、だって、強くなかったらおれはあんたを護れないじゃないか。隊士たちの手前それ以上怒鳴りつけることも躊躇われて、けれど不服はあらわしたくておれは近藤さんを睨みつけた。 固唾を呑んでおれたちのやりとりを見ていた隊士たちを和ませるために近藤さんは軽口を叩くと、素振りを指示し始めた。毒気を抜かれたおれも、近藤さんに倣って逆の端から指導に当たった。 そうして小一時間ほどすると夕飯の銅鑼が鳴り、その場は散会となった。頭を下げて道場を出て行く隊士を見送って笑いかける近藤さんの横に、おれは並んで口を尖らせた。 「どうしたんだよ、近藤さん、ちょっと変だぜ」 そうかなあ、とだけ言って、近藤さんは飯にしようと肩を叩いてきた。ごまかされたようでひっかかる。 その夜近藤さんの腕の中で、おれはおかしな夢を見た。 近藤さんがおれのことを呼んでいる夢。ずっとおれの名前を、苦しそうな声で呼んでいる。おれは返事をしなければと思うのだけれど声が出ない。ここだよ。おれはここだよ。そう答えたいのだけれど喉が震えてくれない。近藤さんの声が力弱くなっていくのに、焦りばかりが募る。 「う、」 自分の唸り声で目が覚めた。裸の体温にほっとする。あたりはうっすら白んではいるがまだ明けきっていないようだ。 「まだ五時だよ」 寝ているとばかり思った近藤さんに言われて、おれは慌てて謝った。 「すまん、起こしたか?」 「大丈夫。早く目が覚めたからトシの顔を見てただけ」 まだいいよ、寝てな、と後ろ髪を梳かれて、おれはほうとため息を吐く。近藤さんの胸元に額を摺り寄せ、少し甘えた声を出した。 「なんだか、あんたの夢を見たよ」 おれのことを呼んでた。そう言えば、近藤さんはおかしなことを訊く。 「トシは夢の俺と、こっちの俺と、どっちがいいんだ?」 近藤さんは近藤さんだ、選べない。そう思って眉を寄せると、前髪をかきあげられた。 「なあトシ、俺ずっと考えてたんだけどさ」 潜めた声を出されて、ふいと顔を上げる。至近距離で近藤さんは、俺の目を覗き込んだ。 「祝言を上げないか」 しゅうげん、頭の中で漢字に変換するのに時間がかかる。 「ドレスでも、タキシードのおそろいもいいな。お前が着たいなら白無垢でもいいぞ」 やっと意味を酌んで、おれは目を瞠った。 「、じょうだ、」 「冗談なんかいわねえよ」 近藤さんはおれの手を胸元で握ると、ちっともふざけていない声で言った。 「周りのやつらにも、公にも、お前が俺のパートナーだっていうことを知らしめておきたいんだ」 おれは首を振った。でも、そんなことをしたら、続くおれのせりふは力強くさえぎられる。 「もしそうすることで対外的に批判を受けるようなことになっても、真選組に不利になるようなことがあっても、俺が全力でどうにかする。何にも恥ずかしいこたあねえ。誰にも文句はいわさない」 近藤さんのせりふのひとつひとつに、身体じゅうの血が沸騰したようになる。夢にならどれだけ見たかわからない。それでも、いくらなんでもおれだってものの道理ぐらい弁えている、そのつもりでいて、 「お前を日陰の身にしたくないんだ。少しでも引け目を感じてほしくない。自分は愛されてるって、いつも安心してて欲しい」 いまだに二の句がつげないおれの頬をぴたりと叩いて、なんて顔してんだ、と近藤さんは茶目っ気たっぷりに笑った。 「トシ、これはプロポーズだぜ」 100930 |