「トシ」 優しく揺り起こされて、おれは覚醒した。 何度か瞬きを繰り返す。近藤さんのたくましい裸の肩が目に入って、それでおれは跳ね起きた。 近藤さんはおれの跳ね飛ばした布団を引き戻すとおれの背中にかけ、自分も起き上がって胡坐で向き合った。それからおれの手を恭しく取ると、おはよう、といいながら甲に口付けた。 昨晩のことが肌のあちこちに甦ってきて、おれは思わず赤面した。身体中どこでも漏れなく愛撫されて、何度いかされたかわからない、最後は気を失うみたいにして眠りについたんだ。 口をぱくぱくさせていれば、左手が腰をいたわるように撫でる。 「無理しちまってないか、」 「大丈夫、」 そんな柔じゃねえと言い返したかったが、気恥ずかしさに声は掠れてしまった。 「加減ができなくて、すまん」 そう謝ると、いとおしそうにおれの手にキスを繰り返す。 くすぐったさと照れで頭が沸騰してしまいそうになる。 「ん、」 思わず口から出た吐息に、近藤さんが気を良くしたようでふふと笑った。伏せた視線を布団のふちに這わせ、時計の電光表示を読み取る。 「朝礼、いかねえと、」 「そうだな。でももうちょっとだけ」 お前はどこもかしこも甘くて、きりがねえよ。 近藤さんの声が耳にじわりと沈んで、おれはぐずぐずに熔けてしまいそうだ。 結局朝礼には二人して少し遅れてしまった。 訓示、法度の唱和、報告、と滞りはなく、散会になると山崎がこちらへ目配せしてきた。 「今朝はゆっくりでしたね」 近藤さんは頭をかく。 「すまんな、けじめはつけねえとな」 「もう同じ部屋にしたらどうですか」 「ば、」 からかうように山崎に言われて、おれは喉を詰まらせた。それなのに近藤さんはあっさりと答えた。 「そうだな。もっと早くそうしておけばよかった」 ぎょっとするおれにも介さず、山崎がなんでもないように頷く。 「後で手伝いのものを寄越しますよ」 「ああ、そうしてくれ」 「え、ああ、」 変な唸り声が喉から漏れる。近藤さんはおれに振り向くと、 「あれ、トシはいやなのか」 そんなことを聞くものだからぶるぶると首を振った。いやじゃない。いやなわけがあるもんか。 手伝いに来たふたりは無駄口も聞かずにきびきびと働いた。右から左へ移せばいいだけのこと、元々持ち物の少ないおれの引越しはそう大変なものではなかった。指示だけ出したら手持ち無沙汰になってしまって、柱にもたれて一服する。一服していたら綺麗に磨いた灰皿をこちらによこしてきた。 見慣れない顔だから新人だろう。礼儀も気遣いも行き届いていて、口を開けば憎まれ口ばかりの連中とはえらい違いだ。こんなやつらばかりだといいのに。 机を並べ、収納もひととおり整えると、二人はおれの前に並んだ。引越し前より綺麗に片付いている。 「他に何かございませんか」 「ああ、もういいよ。ありがとな」 ねぎらいの言葉をかけてやって、ちょうど机に出ていた缶が目に付いたので差し出した。 「おら、これ、駄賃だ」 マヨネーズドロップ。あんまり売っているところが無いから買い置きを大事に食べているが、今日は機嫌がいいので特別だ。 「わあ、いいんですか!これおいしいんですよね」 「ありがとうございます、副長!」 そうかそうか、この味が分かるか。嬉しいぞ。いつだか山崎にひとつやると言って厭な顔をされたことを思い出す。無論殴ってやったけど。ほーらやっぱりあいつの味覚がおかしいんだ。 後ろからごほん、とひとつ咳払いが聞こえて、振り向けば不機嫌そうな表情の近藤さんがいた。 「あ、それじゃ、失礼します」 隊士たちは顔を見合わせて、そそくさと踵を返す。事態が良く飲み込めないおれに、近藤さんは腕を掴んでおれを引き寄せた。 きつく抱きしめられて目を白黒させていると、近藤さんはぶすっとした声で言う。 「あんまりニコニコすんなよ」 「へ」 「あいつら、やに下がってた」 そこまで聞いて、ようやくせりふの趣旨に思い至る。ばかな近藤さん、おれが近藤さん以外のやつに興味なんかあるはずも無いのに。 「なんだ、妬いてんのか」 くつくつと笑って聞けば、近藤さんは肩を掴んで身体を離した。おれの顔を正面から覗き込んで、 「ああ」 しらふで言われておれは目を見張った。 「誰にも見せたくねえ、どこにもやりたくねえ。閉じ込めておきたいぐらいなんだぜ」 それから少し眉を寄せた。 「こんな嫉妬深い俺は嫌いか?」 おれは首を必死で横に振った。 だって近藤さんはいつも四方八方に愛想を振りまいて、そりゃもう三十二方じゃ効かないぐらいに振りまいて、おれがキレててもどうかすると平隊士のほうをかばったり、おれがどこで何してるかなんかちっとも気にしてなくて、嫉妬するのはいつだっておればっかりで、 「んな、ことねえ、」 顔の筋肉が緩んでしまうのをとめられない。口の端が持ち上がってしまう。くそ。 近藤さんはおれの前髪をかきあげると、よしよしと撫でた。 「そんな可愛い顔すんな、」 眇めながら持ち上げた視線は、間近でかち合った。おれの額に短く、何度もキスが降って来る。もう一度抱き寄せられて、擦り付けるようにされた下半身は硬く力を持っている。 「トシのこと考えるだけでこんなだ、」 低音で耳元にささやかれて、おれは、あ、と啼いた。 「だめだ、近藤さん、まだ日も高い、」 声に力が入らない。か細く言えば、 「いやじゃねえだろ」 少し意地悪く笑う近藤さんに、全身の毛が逆立ったようになる。 もうおれは嬉しくってたまらない。 そっと畳に横たえられ、頬を摺り寄せられておれはふにゃりと笑った。 「夢みたいだ」 そう漏らせば、夢じゃねえよ、と鼓膜に近藤さんの声がしみる。 耳を食まれて快楽に霞んでいく思考で、こんな夢なら醒めないでもいい、と呟く。そうしたら近藤さんはさも可笑しそうに白い歯を見せた。 100910 |