たいむましんうぃーく・3


時刻は十一時、深夜アニメに付き合わされ、トシとふたりきりでいた休憩室のドアがガラリと鳴った。
顔を覗かせた総悟はぽかんとした顔でトシを指差した。
「なんですか、これ」
そうだ、昨日から一泊で出張に行っていた総悟には説明がまだだった。
「おかえり総悟、ええとね、ちょっと俺がヘマしちゃって」
しどろもどろしながら一連の事情を説明すれば、テレビの前に張り付いていたトシも総悟に気づいて、がたんと席を立った。
「げ、これ総悟?」
腕を組んでつかつかと歩み寄り、顔を覗き込む。ほぼ同じ目の高さだ。
「でかくなったな」
ちょっと不満げなトシの声に、総悟は口元を微かに持ち上げる。
「……なら、」
「へ?」
総悟の目がぎらりと光るのを俺は見逃さなかった。慌てて椅子を引く。
「今なら殺れる!」
「わー待て待て総悟!」
せりふと同時に俺は飛び出して、トシの身体を突き飛ばして二人の間に立ちはだかった。案の定抜き身の刀が顔の横でぎらりと光る。

あの頃から総悟と毎日取っ組み合ってきたからじゃれあいが成立しているのであって、このトシじゃ到底歯が立たないだろう。
「どいてくだせェ近藤さん」
しれっとして言う総悟を、めっ、と叱る。
「だめ、弱いものいじめはだめ!」
「ちょ、なんだそれ近藤さん!」
弱いとか失礼なこと言うな、負けねえよ、とかみついてくるトシをいなしながら総悟を牽制する。
今だって決して精神年齢が高いとはいえないトシがあと十二年後退しているわけだ。ティーンエイジャー二人の仲裁はいつもより骨が折れた。
どうにかなだめて席に着かせ、ポットから手ずからお茶を煎れ、自分の茶菓子を半分こしてやる。ごまかされませんぜ、などと言いながらも、二人はそれぞれ包装と格闘し始めた。



茶をすするとトシは思いついたように顔を上げて云った。
「そうだ、ミツバはどうしてる」
元気か、まだ武州にいるのか。どこか期待を含んだようなトシの声に、俺は自分の背筋が寒くなるのを感じた。
縋るような目で総悟を見てしまい、遅れてそんな目で見てしまった自分に嫌悪を感じる。全部総悟はわかっているのだろう。声に感情は無かった。
「死にましたよ、」

テレビの音が一瞬無音になって、トシが息を呑むのが聞こえた。
「な、」
顔から見る見る血の気が引いていく。
総悟は畳み掛けるように、残りを吐き出した。
「最期まであんたを想って、でもあんたにゃ今際にも会ってもらえず死にました」


それはまだ十五のトシに受け入れられるような事実じゃない。わなわなと震えたトシの喉から、ひゅうと風の音が漏れる。椅子を倒して立ち上がり、部屋から走り出ていったトシを、けれど俺はすぐに追いかけることはできなかった。
総悟だって、自分で発した言葉に傷ついている。俯いている総悟の、額の前髪をそっと掬い上げた。ひそめられた眉間の皺が痛々しい。
「近藤さん、おれ」
「うん、」
八つ当たりをしなければいられなかった総悟の気持ちも痛いほどわかって、俺は苦々しい気持ちで、ごめん、を飲み込んだ。俺がかれに謝るならばそれはひどい傲慢だと思ったからだ。




夜になればまだ肌寒い風が襟元を抜けていく。床板をぎしと慣らしながら、小さな嗚咽のほうへと、一歩一歩足を向ける。

しゃがみこんで膝に顔を埋めている、トシはびっくりするほど小さく見えた。
トシ、小さく名前を呼ぶと、暫く経って枯れた声が伸びた。
「おれは、」
あいつが幸せになればいいと、ひしゃげたせりふはそこでまた聞き取れないものになった。
俺は何も云えずに、隣にそっと腰を下ろした。
幸せだったよというのは簡単だ。けれどそれはただの気休めで、そしてきっと真実ではない。
こいつが、俺が、俺たちが、ありったけの欺瞞とエゴと、
そしてわざと気づかない振りをすることで、
踏みにじってしまった彼女の短い生を思えば、できる言い訳などなにもない。

脇に座れば目元が真っ赤に腫れているのがわかる。ず、と鼻をすすったトシは、顔を膝頭に押し付けたまま低く呟いた。
「あいつ、おれがずっと傍にいれば幸せだったかな」
俺は否とも応とも答えなかった。トシは、うん、と自答した。
「あいつそういう奴だ。多分それだけでよかったんだ。それ以上のことなんか、なんにも」
詰めた息が、ひ、と喉で鳴った。
「それでも、おれは、」
「言うな」
俺は聞いていられなくて首を振った。自分でも情けないけれどそれは哀願だった。
「言うなトシ、」
「何度やりなおしたってあいつを棄ててくる」
喚いた語尾は割れていて、まだ少年のものだった。


ひとつを選んだらあとは棄てるなんて、そんなことをしなくたっていいんだ。
そういう生き方しかできないなら、なんてこいつは可哀想なんだろう。そしてそれが俺の所為というのならば、俺はなんてむごい人間なんだろう。





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