「あ、すまん、」 「なんだ、メールか」 とっつぁんに断りを入れて懐を探り、携帯電話を開く。 トシは泣きはらした目で食堂に出てきたという旨、何の番組を見たんだと原田たちにからかわれたこと、からかわれながらも朝食はちゃんとたいらげたということ。山崎からのメールの画面を走査して、俺は軽く胸をなでおろした。昨晩は寝付くまで傍にいてやったが、朝何度か声をかけても布団から出てこなかったので 心配していた。 「子守は手がかからァな。特にティーンは。うちの栗子だってな、昨日なんか……」 いつもの栗子ちゃんトークを話半分で聞いているうち、俺の心中にはさざなみのようなものが寄せてくる。 そうだ、あの年頃なんて本来保護者の庇護の下で好きなだけ羽を伸ばせる時期なんだ。眼前にはいくらでも未来が広がっていて、角をなんとはなしに右に曲がったことが取り返しのつかない結果になるだなんて想像もしない。 向こう見ずでひとりよがりな思いつきで俺は、あの年齢から十二年分のトシを、文字通りまるごとさらってきてしまった。 いつもより真剣にとっつぁんの愚痴に乗り、感極まって抱き合ったりして、上機嫌になったとっつぁんには手土産を持たせてもらった。 屯所に戻ればトシはすっかり元の、オトナを小ばかにしたようなふてぶてしい態度に戻っていた。 総悟も言い過ぎたと思ったのか、ちょっかいはかけれども、洒落にならないような攻撃には出ない。普段と比べれば幾分も穏やかなじゃれあいだった。 屯所にいる間はまとわりつかれるのをいなしつつ、剣の稽古などをつけ、思い出話に花を咲かせ、そうこうしているうちにもうあと三日が過ぎた。 夕方縁側で猫を撫でていると、名前を呼ばれた。 「近藤さん、」 夕焼けを背にする長髪のトシに、一瞬自分が武州の頃に戻ってしまったかのような錯覚に見舞われる。目を擦りながら立ち上がる。膝の猫はにゃあと鳴いて逃げた。 「どうした」 間を詰めると、胸の辺りの高さの頭を撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めて、トシは猫のような顔をする。それからぼそりと呟いた。 「おれ、もう戻ると思う」 なんだか身体がウズウズする、という。そういえば山崎が、機械の効能は長くても一週間と言っていたことを思い出す。今日で六日目だった。そうか。と頷いて、俺ははにかんだ。 「またな、ってのも変か」 「戻ったらやっとオッサンじゃない近藤さんに会える」 顎をつんとそらしてうそぶく。 「なにそれ、ひでぇ」 頬を膨らませば、舌をちらりと見せた。気持ち丸みを帯びた輪郭、面差しはまだ十分に子供のものだった。 ああ。 過去に戻ったとき、こいつがなんにも覚えていないといい。 この結末を知っているかれに、江戸への道行きを選ばせるなんて、そんな残酷はない。 なにも考えずに無邪気に、俺に着いて来いというであろう、十年前の自分を想像すると苦しい。あんまりだと思う。 それでも俺たちはこいつの言うとおり、何度でもこの道を辿ってしまうのだろう。救いの無いことに、それにはどうやら運命という名前がついている。 トシは首を伸ばし俺の顔を覗き込むようにすると、口の端をかすかに上げた。 「近藤さん、でもおれ嬉しかったよ」 それからくるりと背中を見せる。遅れて髪の房が弧を描くのに視線を持っていかれる。振り仰いだトシは、少し低い声で言った。 「未来でもあんたといられるのがわかって」 ほんとは、二十年後も五十年後も見たかった。そういい募るのに、 「うん」 そうだな、と俺は言った。やっとのことでそれだけ言った。胸がつまって息苦しい。 もうすぐ戻ってくる十二年後のトシに、なんて声をかけてやろう。 ごめんと、ありがとうと、何を言ったって今更でどうしようもないのだけれど。なんだかもうぐちゃぐちゃで、それでもこの十五のトシには涙は見せられないと、我慢をしたなら変な顔になった。 (了) 100406 +++++++++++ (5周年企画お題・『武州時代から電波でえっちな恥知らず土方』『身長差』 ご協力ありがとうございました!!^^ |