「近藤さん離れてくだせぇ。そいつは物の怪だ」 飛び込んできた彼を認めて名前を呼んだ。 「総悟!」 「危ねェとこでした、近藤さん、お怪我は」 総悟は俺とトシの間に割って入ると、俺をかばうような体勢で立ちふさがった。トシは眉を吊り上げて唸る。 「誰だこのふてェガキは」 「えーと、あの」 俺はにらみ合う二人の間でうろたえた。 まあまあと肩を持ってなだめ、布団の上に座らせる。 今にも掴みかかりそうな雰囲気にやきもきしながら、つっかえつっかえいきさつを話した。 「と、いうわけで田舎からついてきちゃったらしいんだ。悪さはしないと思う」 「どうだか。今だって近藤さんをキズモンにしようとしてたでしょう」 「キズモンて」 苦笑いで返すが、総悟は未だトシへ剣呑な視線を向けている。 前々から霊感があるとは聞いていたけれど、ほんとに見えるもんなんだな。姉のミツバさんも占い師やってるし、そういうのが強い血なのかもしれない。 「そんでこいつは何なんだ、失礼な」 ずっと腕を組んでぶすっとしていたトシが顎をしゃくった。 「俺のいとこだよ」 総悟は高校一年生、このアパートの管理人をしてるミツバさんと二人暮らしだ。夏休みには毎年遊びに来ていて、俺にはなついてくれている。 「今日明日は出かけてるって聞いたのに」 「なんか厭な予感がしたので切り上げてきました。正解でしたねィ」 俺の顔を覗き込んだ総悟はきつく睨めつけてきた。 「近藤さん、まさかこの貧乏神このままここに住まわせるつもりじゃないでしょうね」 「え」 「てめ、このクソガキ!」 噛みつかんばかりのトシを制しながら、総悟に向かって眉を下げる。 「だって追い出したら行くとこないし、可哀想じゃん」 「わんこの理論ですかい。あんたはいつもそうだ。いつだか犬を拾った時もそういってましたよね」 呆れたように目を細められる。そう、その犬が例のトシだ。 「判ってますか?こいつは貧乏神。あんたに害をなすんですよ」 「そんなことしねえ!」 「てめぇのタチの悪さなんざツラ見りゃわかるんでィ」 一触即発の空気に冷や汗をかきながら、 「や、でもね、」 自分のことを慕ってきている相手を、そんなに無下にはできない。そんな内容をへどもど云った。そうしたらはあ、と深いため息を吐かれた。 「知りませんぜ、痛い目遭っても」 総悟は最後まで不服そうだったけれど、渋々場を収めてくれた。 その晩は結局トシと総悟に布団を譲った。(とてもじゃないけど俺のガタイでは川の字がムリそうだったからだ)こんなやつと同衾なんて、と二人が言い争うのを聞いているうちに俺は寝こけてしまった。 翌日目が覚めると目の下にクマを作った二人が布団越しに蹴りあっていて、思わずふきだしてしまった。 「何がおかしい」 「何がおかしいんですかィ」 それが見事なハモリだったものだから、さらにツボに入った俺はしばし腹を抱えることになる。 そんな俺に毒気を抜かれたようにおとなしくなった二人を引っ立て表に出、総悟に近所のスーパーに案内してもらって、惣菜など当座の食糧を買い込んだ。 アパートに戻ると、階段下で着替えに戻るという総悟と別れた。総悟はミツバさんの作ってくれた朝飯があるのだろう。後で挨拶に行きますと伝言を頼んだ。 ちゃぶ台の上にお湯を切ったインスタントのやきそばをどんと置き、割り箸を口で割ってから、俺の手元をじっとうかがっているトシに気づいた。 「トシも食べる?」 第一食べれるもんなのか?トシは首を振った。 「食べなくても平気だ。あんたが供えてくれれば食べられるけど」 「そうなの。なんか好きなものある」 「それ」 俺は指さされた先を見ていぶかしげに聞いた。 「……?え、マヨネーズ?」 「ああその白いやつ、それ美味そうだ」 変なもの欲しがるな。第一これは調味料であって食べ物じゃないんだけど。ほいと手渡す。続いてソバの入った容器を渡そうとしたら既にトシは封を切って中身をすすっていた。目を輝かせている。 「うまい」 見てるだけで口の中がすっぱくなってきそう。どういう味覚センスしてやがんだ。おかわり、と掌を見せられてももうない。仕方ない、チューブのやつ買ってきてやるか。 ブー、とチャイムの音が鳴った。 焼きソバを含んだ口で篭った返事をしながら立ち上る。ドアを開いて俺はソバを飲み込んだ。 「あ、ミツバさん。すみません、わざわざ来てもらっちゃって」 「なんだかにぎやかね」 くすりと笑った彼女は、俺の肩越しにトシのほうを見た。 「そちらが総ちゃんの言ってた?」 「あ、はい」 ミツバさんにも見えるんだ。すごいな。 ホラトシ、挨拶して。子供に言うみたいに促せばトシはちゃぶ台のところで素直に頭をぺこりと下げた。 ゴミの日のこと、町内会のことなど手際のいい説明を受ける。 「いつでもご飯食べに来てね。いつも二人ぶんで腕の奮いようがないの」 いつ見ても綺麗だなぁ。美人なのに気取ったところがなくて、控えめで可憐でちょっと蔭があって。男の理想ってかんじだ。花のような笑顔につられて口元を緩ませる。緩ませたあとで、彼女の料理が死ぬほど辛いことを思い出し、ちょっとひきつった。 「いけない、こんな時間」 腕時計をちらと見た彼女は、それじゃあね、と手を振った。週に三日、繁華街の駅ビルの占いコーナーで働いているらしい。 ちゃぶ台まで戻ると、 「べっぴんだな」 呟いたトシの頬がちょっと赤らんでいたので、だろだろ、と肘でつつく。 「お前だってどうせ惚れるならこんなゴツイ男じゃなくて、女の子にすればいいのに」 顎髭を擦れば、トシはきっぱり云った。 「そういうのは関係ねえ」 それに、と付け加えてぼやく。 「おれなんかがあのひとにひっついたら、不幸にしちまうもん」 ど、どういうイミだ、それ。 「ちょ、俺なら不幸になってもいいってこと?」 「そうじゃねえ、けど」 言葉尻が濁るのをちょっと不審に思いながら、俺は食いかけだった焼きソバに手を伸ばした。 090801 |